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ジャズピープル

誰かの心に寄り添える、心に響くシンガーになりたい。

昨年5月に開催された「第16回神戸新開地ジャズヴォーカルクィーンコンテスト」に出場し、富士通テン賞を受賞した北牧チカさん。「初めてのレコーディングは不思議な体験。素晴らしいメンバーに囲まれて、やるしかないという強い気持ちで臨みました」と、レコーディング5日目というハードスケジュールの合間にインタビューに応えていただきました。

person

北牧チカ
[ジャズヴォーカリスト]

大阪府出身。高校在学中にゴスペルに出会い、サンディ・ブレアのクワイア(聖歌隊)に参加し、本格的にシンガーとして活動を開始。大阪音楽大学でジャズと出会い、多数のミュージシャンと共演し、キャリアを重ねる。その後、10年間の活動休止期間を経て、2011年より関西を中心にライブハウス、ホテルイベントなどで活動を再開。2015年に「第16回神戸新開地ジャズヴォーカルクィーンコンテスト」で富士通テン賞を受賞。同年より東京に活動のフィールドを広げ、精力的にライブを行っている。

interview

たくさんの人の前で唄える喜びを感じながらコンテストに臨みました。



── コンテストではトップバッターでしたが、今、振り返ってどうでしたか?

「本戦出場が決まってから当日までずっと緊張して、1週間前に体調を崩してしまいました。前年に初めてコンテスト会場でステージを拝見したのですが、もし、出ることができればトップバッターは嫌だなと思っていました(笑)。でも、不思議なことにリハーサルが終わると、一気に緊張が解けました」

── 本戦出場が決まり、どのような準備をされてステージに臨まれたのですか?

「過去に出場された方や、グランプリ受賞者の方にお話をお聞きし、いろいろなお言葉が支えになりましたが、お世話になっているピアニストの方に『たくさんの人の前で唄えることは、どれだけ素晴らしいことかを喜んで本番ステージに臨めばいい』という一言が、印象に残りました。これからコンテストに見に来ていただける、応援していただけると思うと、緊張が解けて一瞬にして楽しいと思えるようになりました。反対に15分しか唄えないという気持ちも出てきたので、とても不思議な感じでした」

── コンテストは普段のステージやライブとは違うものだったのですか?

「コンテストはミスをしてはいけないという中で、今まで経験したことがないステージでした。歌や音楽はフィーリングや、その時の感情で生み出されるものだと思っているのですが、それとは違う状況で唄うというのが、こんなに難しいということを初めて知ることができました。いろいろな感情を抱きながら貴重なステージに立たせていただきましたね」

── コンテストに応募されたきっかけを教えてください。

「コンテストのことは知っていました。音楽を離れて、13年間OLをしていました。心情の変化があって歌を再開して4年目になる時期でしたが、そのとき、自分の中で何かアクションを起こしたいと思っていて、コンテストに挑戦することをテーマに課した1年でした。そして、その年のコンテストを見に行き、モチベーションを高めて、来年、必ず受けようと思って応募しました」

── コンテストで披露した2曲を選んだ理由は何だったのですか?

「『Softly, as in a Morning Sunrise』と『Amapola』の2曲を選んだのですが、『Softly, as in a Morning Sunrise』は、直前まで選曲に入れるか悩みました。コンテストでは、どうしてもフィーリングの部分が削がれるところがあって、この曲はアドリブが効き、どんな場面でもフィーリングで勝負できる曲だと思いました。『Amapola』はシンプルで、私がいちばん好きな曲で気持ちが入りやすく、何も考えずにそのまま気持ちを乗せて唄うことができる名曲です」

── コンテストが終わって、受賞後、気持ちに変化はありましたか?

「自分の考えが甘かったことを感じました。オファーもいただけるようになり、いろいろな方に見ていただく機会も増えました。そして、富士通テン賞を受賞された方ですねと、お声もかけていただけるようになりました。名前を知っていただくことの責任を感じるようになり、この1年間で意識が変わりました」

音楽を離れていた10年間は、私にとって必要な時間でした。

── 音楽と出会ったきっかけを教えてください。

「中学生まではJポップを聴いていましたが、高校生の時に『天使にラブソングを2』を見て、ゴスペルに心を奪われました。ちょうど、その頃、ゴスペルシンガーのサンディ・ブレアのワークショップに参加し、彼女のクワイヤ(聖歌隊)に入って活動するようになりました。公演にも出演することができて、それから人前で唄うようになりました。でも、高校を卒業する時にやりたいことが無く、大阪音楽大学にポピュラーボーカルコースがあることを知り、進学しました。当時、ピアニストの西山瞳さんが近くに住んでいて、入学前にレッスンに通っていたこともあり、その頃からジャズを唄うようになりました」

── いつ頃からプロを目指すようになったのですか?

「大学に入って本格的にジャズをやるようになり、仲間にも恵まれたのですが、自分のレベルがわからないのに、すごい人たちの中にいる違和感がありました。この先、ジャズヴォーカリストとしてやっていけるのか、本当にジャズをしたいのか、流されるまま続けても押しつぶされてしまうのではないか、そんな不安がありました。恵まれた環境の中でやっている怖さがあって、音楽を続けていくには、自分にしっかりとした軸がないとできないと思っていました」

── 音楽から離れていた時期がありますが、その理由は何だったのでしょうか?

「自分は何がやりたいのかと、自問したときに答えが出なかった。周りからすれば、もったいないとか、なんでやめるのとか、いろいろ言われましたが、自分の中で答えが出ないのにやっていけるのかという不安が大きかった。まったく違う道に進むことで、その答えが出るかも知れないと思い、卒業後は就職して音楽をやめました」

── 10年間、音楽から離れて、再開するきっかけは何だったのですか?

「30歳になってOLの仕事をこれから先も続けるのかという思いが沸いてきて、何がしたいのかと考えていると答えが出ない。大学を卒業する時と同じ気持ちになったのですが、その時、純粋に唄いたいという気持ちが強くなり、プロになりたいというのではなく、唄うと気持ちが解放されることに気づきました。それから10年前の譜面を持ち出して、セッションに参加させていただき、再開するようになりました」

── そして、コンテストに挑戦することにつながっていくのですね。

「いろいろな人生経験を重ねたうえでの答えだったので、迷いはなかったですね。自分の心の拠り所が音楽にあって、自分が唄うことで、自然に涙が出てくるとか、歌に助けられたとか、歌で励みになったとか、そういった周りの声を聞くことでジャンルに関係なく、ただそういう歌を唄っていきたい。その答えが出た時に自分が変わり、もっとこうありたいと思えるようになり、コンテストを受けるきっかけになりました。音楽から離れていた10年間は、私にとって必要な時間でした」

自分を深く知ることができた、初めて挑んだレコーディング。

── レコーディング中ということですが、どんな思いで臨んだのでしょうか?

「コンテストに出場して、賞をいただき、貴重な経験をさせていただいたのですが、レコーディングはいろいろな課題を知ることができました。技術的な課題だけではなく、自分の長所や得意な部分もレコーディングを通して知ることができました。いろいろな方のアドバイスを聞いて、自分なりに解釈して、得意なところ、苦手なところを理解して臨むことができました」

── 今回のアルバムのタイトルとコンセプトを教えてください。

「『Spring Blooming』というタイトルです。“春のめばえ”という意味になりますが、今まで甘かった自分がコンテストに出て変わるきっかけになりました。そんな気持ちを抱きながらレコーディングに臨みましたが、まさに、このレコーディングをきっかけに、このアルバムを通して、長い冬の眠りから覚めて、春になってめばえていき、そこからまた大きく変わってステップアップしていく。そんな思いを込めたアルバムにしたいと思っています」