HITOSHI SAKAKIBARA / Kobe Cultural Foundation Manager
神戸の街の文化をつくる。
「神戸=ジャズ」というイメージは決して急に現れたものではありません。今年で27回目を数える「神戸ジャズストリート」や第24回目が無事終了した「JAPAN STUDENT JAZZ FESTIVAL」など、数々のジャズイベントが開催されるからこそ、年々その知名度が上がっていくというもの。今回はそんな神戸ジャズをノンプロフィットでサポート、プロデュースしている財団法人 神戸市民文化振興財団の振興部長、榊原均さんにお話をお伺いしました。15年間、神戸の文化を推進する側の立場としてジャズに関わってこられた榊原さんにとって神戸のジャズとは何なのか、そしてこれからの神戸ジャズの将来についてお聞きしました。
person
財団法人 神戸市民文化振興財団 振興部長
榊原 均さん
1952年2月1日生まれ、神戸市長田区出身。神戸アートヴィレッジセンターの館長を務めた後、現在に至る。主に関わっているジャズイベントは「神戸ジャズストリート」、「JAPAN STUDENT JAZZ FESTIVAL」、「KOBE NEXT JAZZ COMPETITION」など。
財団法人 神戸市民振興財団 WebSite
interview
古きよき時代のジャズが残る街。 -学生ジャズから続く神戸ジャズ。
今やすっかり根付いている「神戸=ジャズ」というイメージですが、その歴史にはさまざまな説があります。日本に初めてジャズがやって来たのは神戸という説もありますが、横浜とも言われています。しかし、神戸の街にジャズが根付いているという事実は、プロアマ問わず神戸で活動を続ける数多くのジャズミュージシャンの姿をみれば疑いようがありません。そんな神戸の街のジャズメンたちと、榊原さんは15年間一緒に活動を続けてこられました。今までの神戸ジャズの歴史を榊原さんはどのように受け止められているのでしょうか。
「1923年にジャズ第一号と神戸はよく言いますけど、港町ですし、新しいジャンルのものを抵抗なく受け入れられる土壌が街にあったんでしょうね。横浜も同じことを言っていますが、やっぱり神戸の人がジャズを好きだったんでしょう。
神戸の逸話といえば、ルイ・アームストロングが戦後、神戸の聚楽館(新開地)に来たという話もあります。ブラジルに行った右近雅夫さんが聚楽館の楽屋で自費録音した音源を渡したら、サッチモが聴いて感激したというような、まあ私が実際その場に立ち会ったわけではないので分かりませんが、そんな話もあるぐらいだから、神戸の街にはジャズを楽しむという土壌がずっとあったのだと思います。
実際、私がジャズに触れ合っていて感じるのは、関西学院大学とか甲南大学とか、学生時代にジャズを経験した人がたくさんいらっしゃって、そこから脈々とジャズの系譜が続いているという印象がありますね。なので、プロとしてというよりもセミプロ、アマチュアとして神戸に残ってジャズを続けている方が本当に多くて。そういう方々が神戸ジャズというものをつくっていったんだと思います。
無理に流行り廃りに合わせるというのではなく、自分たちのやりたいジャズを大切にしているところがいいですよね。たとえば、ハートウォーマーズとかザ・ビッグディッパーズ、ニューオリンズ・ラスカルズ、ロイヤル・フラッシュ・ジャズバンドのような、古いスタイルのジャズが残っているという部分にアマチュア・スピリットを感じます。今でこそ関学も甲南もモダンジャズをやっていますが、当初はディキシーランドジャズでやっていたんでしょうね。そういうところから今も神戸にはああいうスタイルが残っているんじゃないでしょうか。なんだかガラパゴス諸島のようなイメージですね(笑)。まあ、あくまで歴史的な裏づけがあるわけでなく、私自身の主観でそういう印象があるわけですが」
文化を愛する人たちのお手伝い。 -文化振興財団のお仕事。
「神戸市民文化振興財団というだけあって、ジャズに関わらず神戸の文化推進事業を多岐に渡って手掛ける榊原さん。文化事業に携わるようになって15年、当時の神戸にはまだジャズのイベントもあまり多くはなかったのだそうです。現在では、大きなイベントも増え、市民にもすっかり神戸ジャズのイメージは浸透していますが、そこに至るまでに苦労も多かったのではないでしょうか。

「15年前に神戸でやってたジャズイベントっていうのは、神戸ジャズストリートぐらいしかありませんでした。そこからいろんな方々と出会って現在に至るという感じですね。もちろん、ジャズに限ったことではありませんが、人との出会い、タイミング、継続していくことで本当に小川が大河になっていくという手ごたえを感じています。
たとえば、今年で24回目になるJAPAN STUDENT JAZZ FESTIVALにしてもそう。主催されている日下雄介先生(ジャズピープルvol.07)と出会った頃はいろんな会場で転々とされていて、それなら一緒にやりましょうと。当時、大人向けのジャズイベントはありましたが、学生にアプローチするイベントというものはありませんでしたから、文化的にも大変有意義なものだということで、ご協力させていただきました。
なかでもやっぱり震災の年のSTUDENT JAZZは忘れられませんね。建物はほとんど潰れてしまっているなかで、西山記念会館というJFEスチールさんが持っている会館を貸してくださって。本当に大変でしたが、無事やることができて子供たちもすごく喜んでいたので、とても記憶に残っています。その年は小曽根実さんをゲストにお呼びしていたのですが、サプライズで息子さんの小曽根真さんも東京から駆けつけてくださって。あれは本当に感激しました。
ジャズに関わってる方々というのは個性的で熱い方が多くて、これまで名前を挙げた方々もそうですし、ジャズストリートの末廣委員長やボーカルクィーンコンテストの今井さんにしても、皆さんが本当にジャズをお好きなので、一緒にお手伝いさせていただけるというのは非常に光栄です。そこが普通の行政の仕事ではできない楽しさだと思いますね。
主催の方たちや民間で頑張ってらっしゃる方々との大きな違い、そしてこれが私たちの仕事の本位だと思うんですが、一番の目的はやっぱり『神戸の街のブランディング』ですよね。それを基本にして私たちは動いているわけで、利潤追求ではく、神戸に住む方々、神戸に遊びに来られる方々に「神戸ってオシャレな街やなあ」と思ってもらえることが大切。ジャズという文化はそういう意味でも大きな切り口になっていると思います」

若いアーティストとともに羽ばたく。 -これからの神戸ジャズ。
数々のジャズイベントに加え、昨年から始まったのが神戸ネクストジャズ・コンペティション。「次世代の担い手となる若手ジャズミュージシャンの登竜門として、またジャズ文化の更なる復興のために、神戸の新しい風を応援する」という主旨のもとに始まった新しいジャズコンペ。次回で10回目を迎える神戸ジャズ ボーカルクィーンコンテストとともに、さらに神戸のジャズシーンを盛り上げるイベントとして多くの期待を寄せています。
「ネクストジャズは、学生のジャズを盛り上げるSTUDENT JAZZ、社会人のジャズを盛り上げる神戸ジャズストリートがあるのに真ん中がないというのはもったいない、と昨年から始めました。いろんなイベントがあって、いろんな出会いがあって、だんだんカタチになっていたという気がしますね。
ボーカルクィーンコンテストもあるし、実績を作っていくことで、市民の皆さんにも「神戸=ジャズ」というイメージも根付いてきますからね。
今は人材も豊富ですし、邪魔だけはしないように見守っていきたいと思ってます(笑)。すでに広瀬未来くん(トランペット)とか高見寛之くん(トランペット)とか、若いプレーヤーもたくさん出てきてますし楽しみですよね。神戸という街で、発表する場が少ないというのはちょっとネックではありますが、神戸のステージをきっかけに飛び出して行ってくれればいいなあと思います。
今はジャズではないですけど、4年に1度開催される神戸国際フルートコンクールの準備中です。5大陸全部から出演者がいるので大変ですよ。4年ごとだと前任者がいない場合がほとんどですからね、一からやってるような大変さがあります。テープ審査で聴いたらなんも入ってない人とかいますからね(笑)。4年に1度しかないんで、なるべく多くの方に楽しんでいってもらいたいですからね。フルートの世界4大コンクールの一つ(ミュンヘン、パリ、ジュネーブ、神戸)ですし、頑張っていきたいと思います」
特集「神戸ジャズ文化を彩る人々の魅力」 KOBE Jazz People