ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ファラオ・サンダース

多感な高校生の頃、下手くそなアルトサックスを吹いていた少年田中啓文は、植草甚一のエッセイでこんな一節を見つけた。一九六六年のジョン・コルトレーン来日コンサートの感想である。

そしてこのときファロア・サンダースの蜒々と続いて、いつ終るかも分からないようなテナー・ソロがはじまったが、それはまるでアリゾナの砂漠で強風にあおられている砂けむりのようなイメージを連想させた。

また、別の一節に、

もう一枚、ジョン・コルトレーンの「瞑想」(インパルス)というレコードを聴いてみましょう。(中略)とくに、このレコードでは最近活躍しているテナー・サックス奏者ファロア・サンダースが真価を発揮しています。日本公演では延々と続くソロが凄まじく、アリゾナ砂漠の砂嵐を想像させたものですが、ここでは、犬の叫び声になり、やがて幾匹もの犬が吠えだすというような音のイメージを与える異様な即興演奏なので、なんども聴きなおさないではいられませんでした。

高校生の私はこの文章に食いついた。アリゾナの砂嵐や犬の吠え声を思わせるようなテナーソロってどんなものであろう。当時はフュージョン全盛期で、ファラオのリーダーアルバムはもとより、彼の入ったコルトレーンのレコードは日本盤が全部廃盤になっており、聴く手段はなかったのである。でも、聴きたいじゃありませんか。アリゾナの砂漠……犬の叫び声……サックスでそんな演奏ができるのか。何とか聴きたくて探したが、ファラオのレコードはどこにもなかった。ある本を読むと、コルトレーンの「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」というレコードでは、コルトレーンが「マイ・フェイヴァリット・シングス」をファラオ・サンダースを加えたクインテットで前衛的に演奏している、と書かれており、あの端正な佳曲をどのように前衛ジャズにするのかという興味もあって、これまためちゃめちゃ聴きたかったのだが、どこにもない。

ある日、ジャズ喫茶というものを学校の近所に見つけた。クーラーが効きすぎで、座っていると肌の表面に薄氷が張り、頭が痛くなるぐらい寒いのである。学校をさぼって何度か通っているうちに、リクエストという制度を知り、レコードリストをめくると、ありました、「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」が。さっそくリクエストすると、なぜか若い店主はいやーな顔をした。期待を異常にふくらませて待っていると……。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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