ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
バンド内でもめごとがあったとき

バンドにもめごとはつきものである。ことにビッグバンドは大勢の集まりだし、ジャズをやろうかというような人間はたいてい一癖も二癖もある、俺が俺がという自分中心のやつらに決まっているので(←偏見)、もめないほうがおかしいというものだ。おお、これはいいバンドだな、と思っていると、しばらくすると「解散しました」という報が届く。理由を聞いてみると、人間関係が悪化してグループを維持できなくなった……という場合が圧倒的に多い。これはまあ、音楽とかバンドに限らず、人間が複数人集まったときには「人間関係」というやつがどうしても発生するわけで、たとえば会社とかクラスとか自分の家族とかを見ればわかると思うが、もめごとがない場所など地球上に存在しない。「うちの部署ですか? 一回ももめたことなんかありません。上司はみんな菩薩さまのようにいい人で、同僚はマザー・テレサ、部下はガンジーのようなすばらしい人間たちばかりです」などということがありえようか。その縮図ともいえるのが、最近はやりのお笑いの世界である。

大阪にはお笑い芸人中心の劇場が多くあり、その入り口のドアには、「○○解散しました」「△△解散しました」というコンビ解消のお知らせが貼ってあったりする。

解散までいかなくても、「あのコンビは仲悪いで」という話はよく耳にすることだ。

人さまに楽しく笑っていただこう、というお笑いの世界においてすら、「人間関係が悪化してのコンビ別れ」が日常的に発生する。ましてや、剥きだしのエゴをぶつけあうバンドの世界においてをや! まあ、そんなエゴ剥きだしのバンドばかりではないとは思うが、音楽の世界においても、ちょっとした、ほんとにちょっとしたことでトラブルが発生する。
「おまえ、ピッチ高いで」
「おまえが低すぎるんや。俺は正しい」
「アホ、俺は合うてる。おまえがシャープしとんねん」
「おまえがフラットしとんねん。もっとまわりに合わせんかい、耳悪すぎるで」
「おまえこそ人の音をちゃんと聴かんかい、下手くそ」
「なんやと、そこまで言うんやったらチューメ(チューニングメーターのこと)で調べたろ」
「のぞむところや」

実際測ってみると、どっちもボロボロだったりするが、こんな些細なことからはじまって、
「おまえみたいなピッチの高いやつとはやってられへん。だいたいピッチの高いやつはいつもうわついとるんや」
「おお、俺もおまえみたいなピッチの低いやつとは一緒にできん。ピッチの低いやつはみんな志も低いねん」
「いてもうたろか」

ということになる。そんなアホな、という人もいるかもしれないが、プロのバンドでも、トミー・ドーシーとジミー・ドーシーの「ドーシー・ブラザーズ」が解散したのは、たった一曲のテンポ設定を巡っての喧嘩が原因なのである。私の経験では、ドラムとベースはよくもめる。おそらくリズム解釈の問題が根底にあるのだろうが、
「おまえが走っとんねん」
「おまえがモタっとんねん」

といった風な言い合いになるのだ。つまり、「合わない」というやつだ。これはまさにビミョーな問題で、もちろん技術が未熟なのでリズムが合わない、という場合は論外だが、熟練したプロ同士でも十分起こりうる。そこまでいくと、「リズムが合わない」というより、「馬が合わない」に近いといえる。離婚原因のナンバーワンは「性格の不一致」だが、それは夫婦だけでなく、音楽にも適用されるのだ。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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