ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談

「ビッグバンド漫談」のころから数えると三十三回目となるこの連載も今回が最終回である。もっともっといろんなジャズモンスターを紹介したかったので残念だがしかたがない。そんなわけで最終回は怪物やら化け物やら妖怪やらの大盤振る舞いである。

ケン・ヴァンダーマーク

シカゴを拠点に世界中を飛び回っているこの金髪でガタイのごついサックス吹きの兄ちゃんこそ、現代のジャズシーンのナンバーワンの怪物であろう。リーダー作や準リーダー作だけでも百枚近いのではないか。ソロ、デュオ、さまざまなトリオ、クインテット、大型コンボ、ビッグバンド……など複数のプロジェクトを並行して進めながら、他者のアルバムにもおびただしい数の客演をしている。年間、十枚ぐらいリリースすることはざらで、いちばん驚いたのは自己のクインテットでのポーランドでのライヴ十二枚組。これは買うにも勇気がいったが、聴きとおすのもたいへんだった。今、フリージャズシーンで一番熱いのは、北欧とシカゴだが、それを結ぶ重要人物のひとりであり、ペーター・ブロッツマンやポール・リットン、ミシャ・メンゲルベルグ……といったベテランの大物たちと共演する一方、若手を発掘することにも積極的で、まさに現在のフリージャズシーンをひとりで……いや、ひとりでというのは大袈裟だが、背負っている数少ない何名かのひとりであることはまちがいない。このバイタリティはどこからくるのだろう。私はミュージシャンではないが、この男の「やる気」と「実行力」は見習わなければならない、とつねに思っている。CDを出したらどうか、と言うと、めんどくさい、とか、金がない、とか、誰かが出してくれるのを待つ、といった消極的な姿勢のジャズマンが多いが、今の世の中、出そうと思えばこんなにCDは出せるのだ。しかも、購買者がどう考えても少ないフリージャズの世界で、これだけのアルバムを出してきた、いや、今も出し続けていることは尊敬にあたいする。さて、その演奏だが、先日初来日を果たしたので、「追っかけ」的に何日間か聴きにいったのだが、凄まじいの一言である。非常に具体的なアイデアに基づいた、信念のあるプレイと、圧倒的な楽器の鳴り、そしてイマジネイションあふれる超ロングソロ、汗だくになっての熱演は、ほっといたらこのまま倒れて死ぬのではないか、と思わせるほどのエネルギーを消費しているはずだが、クライマックスのうえにクライマックスを積み上げるようなブロウを三時間ぐらい延々続け、しかも、それが毎日なのだから、いやー、すごすぎる。今後ますます動向が楽しみな、シカゴの化け物である。


マツ・グスタフソン

ヴァンダーマークの「盟友」といっていい、北欧の怪物くんである。もともとマルチリードでテナーやソプラノを中心に吹いていたように思うが、最近はバリトンが主奏楽器となっている。このバリトンが凄まじいのである。バリトンサックスという楽器に皆さんはどういう印象をお持ちか。バリトンは低音楽器なので、音がほかの楽器に埋没してしまい、聴き取りにくいことも多いが、グスタフソンのバリサクは聴き取りにくいどころか、やかましくてやかましくてしかたがない。私が観たライヴでは、共演者がブロッツマンやヴァンダーマーク、ポール・ニルセンラヴとったでかい音の連中であったにもかかわらず、グスタフソンがバリサクを吹きはじめると、彼らの音がマスクされて聞こえなくなってしまうのだ。とてつもない、信じられないぐらいの轟音である。しかも、グスタフソンはバリサクを振り回しながら、ノリノリでブロウする。とんでもないやつだ。彼の爆音のあまりの凄さに、前列のテーブルのコップが割れた、という話もあるほどだ。それもそのはず、なんとグスタフソンはソロごとにリードを新品に取り替えているのである。ライヴごとでもセットごとでも曲ごとでもない。ソロが一回終わるたびに、リードをマウピから取り外して床に捨て、新しいリードをつける。インタビューによると、硬いリードにものすごい圧力をかけて吹くので、リードが耐えられずにソロの最中に割れてしまうのだ、という。いかついおっさんやで! このグスタフソンも、ヴァンダーマーク同様、さまざまなプロジェクトを同時進行させ、膨大な数の録音を発表しつづけている。彼をはじめとして化け物じみたミュージシャンがそろっている北欧が今ヨーロッパではいちばんおもしろいのだ。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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