たとえこれから戦争に準ずる苦しみの時代が訪れたとしても、私たちは目の前のことをこつこつ、一生懸命やるしかない。平和で安全な世界でなくとも生きる価値は変わらないのだと、フリーペーパー「BIGBAND!」に書いたところだった。吹奏楽ミーツJAZZの人気シリーズGOLD POP(CD・譜面同時発売)の企画で、フィル・ウッズレコーディング取材のご依頼を受けていた私は、フィルとの対面を心待ちにしていたが、中止だろうとあきらめていた。来日アーティストの公演は続々キャンセル、外国人退去の相次ぐなか、フィルがブライアン・リンチらと日本に向かっているとの知らせを受けたときには、込み上げるものがあった。東日本大震災から一週間後のことである。
フィル・ウッズ氏はKOBEjazz.jpをご覧くださってる方々には周知の名アルト奏者であるがおさらいしよう。1931年 マサチューセッツ州生まれ。ジュリアード音楽院卒業後、1952年 チャーリー・バネット楽団から本格的に音楽活動をスタート、クインシー・ジョーンズのビッグバンドに参加し注目を集める。チャーリー・パーカーに心酔し、演奏力を受け継いだだけでなく未亡人と結婚もし名実ともにパーカーの後継者となる。常に現状に甘んじることなくさまざまなフォーメーションでJAZZを体現しつづけ、グラミーも四度、黄金のビバップを今に伝える現役のジャズジャイアンツである。お約束なので付け加えるとビリー・ジョエルの歌う「素顔のままで」の間奏のアルトサックスソロは彼によるもの、ほかにもスティーリー・ダンやポール・サイモンのアルバムに参加するなどポップスシーンにも数多くの名演を残している。
GOLD POPでは吹奏楽でおなじみの作編曲者、真島俊夫氏や天野正道氏らがビッグバンドジャズのスタンダードナンバーをシンフォニックバンド用にアレンジ、シリーズ第一弾ではフィルを迎えて「クインテッセンス」も吹き込んでいる。今回なんといっても目玉はフィルのMIDNIGHT SUN WILL NEVER SET「真夜中の太陽は沈まない」だ。私も全身を耳にしてフィルの吹き込みに立ち合った。
クインシー・ジョーンズ楽団が1960年にスイスで演奏した際の、二十代のフィルのMIDNIGHT SUN〜をDVDで観ることができる。自信に満ち溢れており、ニコリともしない。メイヤーの五番を斜めに咥え憮然とした表情は五十年経ったいまもちっとも変わっていない。そして音の伸びと輝きもまた、同じなのだった。人間と楽器が、完全に調和している。フィル・ウッズとは、全人生をかけてアルトサックスと一体化した人なのだ。
今年八十歳を迎える。レコーディングスタジオに車椅子で登場したときには彼の体調を案じたが、なんのことはない、「演奏前に体力を消耗したくない」という理由で使用しているのだそうだ。レコーディング中も「ダイジョウブ!」を連発、鮮やかな仕事ぶりに胸がすく。音のみならず本人も周りを困らせるほど豪放磊落かつ、冷たさと温かさが同居している。
2011・3・26、ブルーノート東京公演は白熱した。相棒ブライアン・リンチ(tp)のハイノートもふんだんな完璧なアドリブは最高にクール、優しいメロディメイカー、ビル・メイズ(p)、三十年来の盟友スティーヴ・ギルモア(b)&ビル・グッドウィン(ds)のシュアなリズム隊に囲まれてフィルのアルトを真正面で堪能した。
終演後、フィルと目が合った。
吸い込まれるような深いグレーの瞳だった。
見たことないが海の底って、あんな感じだろうか。
フィルの瞳に抱かれて言葉の不要な世界へ。
そこは愛に溢れている。
音楽への愛、人類への愛、地球への愛。
その一部に、一瞬だが確かに私は入れてもらえた。
思い過ごし?
いや、あの瞬間だけは、私の宝物だ。間違いない。
宝物は私だけのもので、みんなのものだ。
彼は自分をよく知っているから、日本に来たのではなかったか。
4度のグラミー賞に輝くジャズ界の至宝。
ジュリアード音楽院を経て、本格的にプロ入り。ソロ活動と並行してクインシー・ジョーンズやディジー・ガレスピーと共演、伝説の巨星チャーリー・パーカーの後継者としても注目を集めた。『フィル・ウッズ&ヨーロピアン・リズム・マシーン』など数多くの名盤を残す。
一方、ビリー・ジョエル(「素顔のままで」)、スティーリー・ダン、ポール・サイモン等ポップス~ロック系の作品でも印象的なプレイを繰り広げてきた。
吹奏楽の歴史を変えるポップス・シリーズが登場!!
吹奏楽とジャズ&ポップスに精通している人気アレンジャーが、いつまでも色あせることのない名曲の数々を吹奏楽にアレンジ。
フィル・ウッズ(アルトサックス)、トゥーツ・シールマンス(ハーモニカ)ジャズの世界的巨匠が参加!!ニューヨーク、ベルギーで録音しました。
ゲストプレイヤーも豪華。数原晋(トランペット)、平原まこと(サックス)、フレッド・シモンズ(トロンボーン)、外囿祥一郎(ユフォニアム)、前田憲男(ピアノ)、田附透(ギター)、久末隆二(エレクトリック・ベース)、阿野次男(ドラム)に加え、ポップスに定評のある航空自衛隊航空中央音楽隊が素晴らしい演奏を繰り広げます。
現在、第2弾まで発売中。