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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.87
HOT HOUSE

世界でいちばん小さなライブハウスは摩訶不思議な玉手箱
@東京・高田馬場

初めて訪れたのは半年前、守屋純子(pf)&片岡雄三(tb)のデュオの晩だった。店のウワサは聞いていた。
なにしろ「世界でいちばん小さなライブハウス」とニューヨーク・タイムズで紹介されたという、狭さにおいては世界一という触れ込みだ。ホームページをみると『客道作法』なるものが掲載されている。これがおもしろい。入り口のドアを開けた場所がすでに演奏者の立ち位置なので、一曲が終わるまで外で待つ「門外ジャズ」、トイレに入ってうっかり演奏が始まったら観念して中で聴く「雪隠(せっちん)ジャズ」、混んでいるときは常連から厨房へ押しやられる「厨房ジャズ」などなど、店での「作法」が指南されている。いったいどんなところだろう。
おそるおそる予約をいれると電話の向こうの女主人は「お腹をすかせて来てくださいね」というではないか。はらぺこでライブハウス? 私の好奇心はさらに募る一方、そしてその期待はまったく裏切られなかった。

早稲田通り沿いの小さなビルの階段を下りると、数々の写真が貼られた懐かしくも怪しい扉。勇気を出して開けてみると…。左手がピアノ、右手にはたったひとつのテーブル、それをぐるっと囲むベンチシート。定員は体型に関係なく8人、と『客道作法』に書いてあったな。ピアノの奥にはなにやら段ボールがうずたかく積まれ、さらにその奥にはぎっしりとレコードが。圧巻はベンチシートにそって張り巡らされた模造紙のスケジュール表。でかでかと書かれているのはジャズ界を牽引し、第一線で活躍するアーティスト同士の魅力的なブッキング。ピアノとテーブルに挟まれたわずかな隙間がステージということらしい。極狭×有名ミュージシャンのミスマッチ。だが驚くのはまだ早かった。
ベンチシートがお客さんでぎっしり埋まり、演奏がはじまるとシートの右端から次々お皿が送られてくる。枝豆、トマトサラダ、金平牛蒡、ブロッコリー、ジャーマンポテト、ハムかつ、グリーンサラダ…。料理は驚くほど丁寧に作られていた。しかもどれも健康的。各自適量を自分の皿にとって次の人へ。最後の人は回ってきた大皿をテーブルに置く。テーブルはあっという間に一杯だ。そのわずか20センチ向こうでは、片岡さんのスライドが行ったり来たりしている。演奏はすでにノリノリ、山盛りの皿を持ったまま困惑する私をよそに両脇のお客はかまわずムシャムシャ。ピアノが弾みトロンボーンが歌い、また来たお皿がぐるぐる回ってまたムシャムシャ…。これが延々と続くのだ。なんといったらいいか。音楽と料理、演奏者と観客が渾然一体となったシュールな小宇宙。たまたま居合わせた者同士の妙な連帯感。

なぜまたこんな摩訶不思議なスタイルになったのか。再度店を訪れ、店主・アキさんから話を聞く。
アキさんはその昔、たまたま新宿「DIG」ヘ足を踏み入れたことをきっかけにジャズに傾倒。翌年上京し、予備校へ通いながらジャズ喫茶に入り浸る。大学は二年で辞め、今度はスイングジャーナル編集部に出入りする。宛名書きの手伝いからチャンスを掴んで入社、5年間勤めた。結婚・離婚・大病・手術。この間料理研究家の事務所で働き、独学で栄養士・調理師・指導員の資格を得る。菜食研究所にも通った。事務所の仕事が終わると夜は居酒屋で働き、買い集めたレコードはなんと6000枚。1984年、このレコードを置いた店を今の場所にオープンする。当時はショット・バーだった。
「4年目にビルのオーナが逮捕され、店は営業停止。新しい大家さんと再契約したのを機に、夢だったライブのできる店に変えました」とアキさん。当時は10食限定のランチで昼も営業。ミュージシャンの間で評判を呼び、7年続けたが体はもう限界だった。「エー、飯がうまいからここにきてたのに!」と彼らにがっかりされ、「ええい、じゃあもう夜に出しちゃえ!」ということで今のスタイルになったという。このレコードバー時代とランチに来ていたミュージシャンが今も変わらずここで演奏し、彼らの推薦する人がまた新たに加わるのでブッキングに困ったことはないそうだ。「ミュージシャンとお客さんに恵まれたことが私の財産」とアキさん。あの『客道作法』のHPも常連客が無償で作ってくれたものだった。
話をしていると今夜の出演者が入ってきた。近藤和彦(as)&鈴木よしひさ(g)。日本を代表するアルトサックス奏者とボイスパーカッションとフットベースの3役をこなす気鋭のギタリストという豪華競演。そしてまた料理がぐるぐる回り始める。人参、こんにゃく、厚揚げ、筑前煮、大根、餃子鍋、鳥手羽煮付け、あじフライ…。なんという贅沢な時間だろう。竜宮城でのもてなしって、きっとこんな感じじゃないのかな。
店を出ると気分は本当に浦島太郎。さっきまでの世界は夢だったのかもしれない。玉手箱を開けた私は、人気のなくなった早稲田通りにぼうっとたたずんでいた。