ジャズ探訪記
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Jazz Live Spot B♭(ビーフラット)
「ジャズの灯を消すな!」赤坂友情物語@東京・赤坂

地下鉄・赤坂駅からほど近い裏通りに、ひときわ目立つ赤い壁と看板。
ここが今回ご紹介するビーフラットだ。
内外で活躍する一流プレイヤーの演奏が聴けるのはもちろん、「自分たちのライブができる店」として、アマチュアビッグバンドによく知られた存在でもある。ビッグバンドで演奏できるほど広いステージを持つライブハウスは、都内でも数少ない。土日の貸し切り予約は、数ヶ月先まで埋まっている。
本日は開店10周年記念のノーチャージ・ウイークということもあり、開演前の店先には行列ができていた。
ドアを開け、地下に向かう階段を下りていくと、狭い間口からは想像のつかない、全150席という空間が目の前にぱっと広がる。このゆったりした感じが印象的だ。そしてビーフラットといえば、プロの間でも定評がある音響の素晴らしさ。ちょうどリハが始まり、この日も入念なチェックをしているところだった。
それにしても店をオープンした10年前といえば、すでに景気は相当低迷していた時期。こんなに広いスペースを運営していくことに、不安はなかったのだろうか。
「その話を始めると長くなりますよ。いいんですか。」とオーナーの鈴木燿さん。
実はこの店にはもうひとり相棒の経営者がいた。
鈴木さんと同郷で、高校時代から大学まで一緒だった1年後輩の杉谷宏幸さんだ。学生時代のジャズ好き仲間のひとりである。鈴木さんは大学を中退し都内の広告制作会社へ勤務、杉谷さんは卒業後、証券会社へ入社。それぞれ多忙になったが、時々皆で会っては飲み、ジャズの話で盛り上がった。杉谷さんはその頃から「いつかライブハウスを持つことが夢」と語っていたそうだ。そして98年、念願の「原宿キーノート」をオープン。「良心的な値段でジャズ演奏を楽しめる」と評判になったものの、契約の複雑な事情からわずか3年足らずで閉店。
多額の負債を抱え、悪化した健康状態の杉谷さんから「どうしても続けたい。鈴木、頼む」と懇願され、鈴木さんは奔走した。金融機関と掛けあい、資金を調達。また原宿時代の顧客に出資を呼びかけて多くの協力を得、再建するめどをたてた。

鈴木さんが代表、杉谷さんが総支配人という二人体制で2001年3月、今の場所で「B♭」として再出発。本格的なジャズのライブハウスとして徐々に浸透する一方、前述した「土日はイベントスペースとして一般に貸し出す」という独自のスタイルで、アマチュアミュージシャンにも利用されるようになった。鈴木さんは店のことには一切口を挟まず、そのかわりチラシ・ホームページの制作、スケジュール管理、メール対応やクレーム処理など、陰から杉谷さんを支えた。
「ときどき店に顔を出すと、あいつ、僕からボトル代を取るんです。ひどいでしょう。(笑)」と鈴木さん。
「広いライブハウス、というのは決してマイナスではなかった。一般に解放したことで経営的にも安定し、知名度も上がりました。また結果的にジャズを志す若い人たちに場所を提供することにつながったのです。」
ところが、2005年11月、杉谷さんが突然他界する。折しも店の威信をかけたリッチー・コール フューチャリング マイク・プライス・ジャズ・オーケストラ公演前日のことだった。公演は無事開催され終了したが、「これでもう赤坂ビーフラットも終わった。」と誰しもが思った。
葬儀を終え、杉谷さんの遺族に店を継続する意思がないことを確認。いよいよ閉める覚悟で、ひとり店内で過ごすうち、気持ちは変わった。
「数少ないジャズの店をつぶしてはいけない。」
それは親友の遺志をひき次ぐというより自らの中から得た結論だった。
お店のシンボル、ステージ後ろの煉瓦の壁は、出演した内外のミュージシャンのサインで埋め尽くされている。その光景はビーフラットの歴史そのものだ。鈴木さんは、出演するミュージシャンの演奏は必ず聴くという。もしお客さんがフラッと初めて入ってきた時、「なんだ、こんなつまらないことやってるのか」などと絶対に言わせないように。
「近頃のジャズは元気がなくなった、とは僕は思っていません。音がデジタル化したことで産業構造が変化したことや、時代の流れでライブハウスのありかたが変わったこととは区別して考えなくてはいけない。ジャズを演奏したい若い人たちはどんどん出てきています。目先のことに一喜一憂せず、彼らのためにも続けていかなくては。」
壁に掛かけられた写真の杉谷さん。鈴木さんの思いとともに、その笑顔はこれからもずっとビーフラットのステージに向けられていくことだろう。

Jazz Live Spot B♭
●東京都港区赤坂6-6-4 赤坂栄ビルB1F
●TEL:03-5563-2563
取材協力:BIGBAND!編集部
取材日: 2011.03.02

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