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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.153
Jazz38

ジャズ好きが毎日集う下町の知られざる老舗
@東京・亀有

ここがあの亀有かぁ。初めて降り立った亀有駅前で迎えてくれたのは、もちろん両さん、礼子さん、中川クン。『こち亀』3人の像の前でつい記念撮影しちゃうのは致し方ない。それにしても想っていた以上に広々として賑やかな街だ。若い人からお年寄りまで、周辺に暮らす人たちが行き交うショッピング街のくつろいだ雰囲気、いいなあ。この駅前中心部の路地をちょっと入ったところに本日おじゃまする『Jazz38(サンパチ)』はある。
ドアの上にはシェフのイラストと「イタリア料理とジャズの店」と手書きで書かれた緑の看板。至るところにアンティークな人物レリーフが置かれ、赤く塗られた壁にはおいしそうなランチメニューの黒板。おすすめカレーの案内やさまざまなチラシのほか、エリントンやジャキー・マクリーン、穐吉敏子さんのパネルが掲げられている。イタリア食堂色7割、ジャズ色3割、それらは決してミスマッチではなく、やたらと好奇心を煽る異色の魅力を放っていた。
ドアを開けるとこれまた意外。入り口正面にはピアノとドラム、その左右にはJBLの巨大なスピーカ、壁一面の大量のレコード、壁にはたくさんのサインなどなど、イタリア食堂はすっかり影を潜め、どう見てもジャズライブハウスそのものだ。

「もともとはジャズ38(さんじゅうはち)だったのですが、お客さんの間でいつのまにかサンパチと呼ばれるようになりました。あまり知られてませんが、この店は今年で52年目なんです」とやさしい笑顔で迎えてくださったのはオーナーの早井成美さん。52年とは!超老舗じゃないですか!
「ジャズを知ったのは当時立川で質屋を営んでいた兄の影響です。米軍からジャズのレコードがばんばん流れてきて、ブルーベックの『TAKE FIVE』なんて日本で発売される何年も前から聴いていました。音も良くてすごいなあ、と」。
上京後ほどなく、ひょんなことからお隣の金町に珈琲専門店を開業することに。店の名前を考えているときに蜂が飛んできたので店名は「みつばち」。現在の「38」はその名にあやかっている。資金が足りず、オープン当日はなんと椅子が間に合わなかったという。コーヒー豆を自分で調合し、その味を次々試しては納得のいくブレンドをつくった。もともと料理上手な家庭に育ち、見よう見まねでつくったメニューも好評。その後カレー専門店、念願のジャズ喫茶(現Jazz38前身)、ショットバーなど次々とオープン。店はどこも流行り、最盛期には3店舗を経営していた。
「ジャズ喫茶をオープンする際には、小岩の珈琲園、横浜のちぐさやダウンビート、岩手のベイシーなど、勉強もかねてよく聴きに行きました。東京でやっていくためには、ほかの飲食店で稼いだお金もレコードやスピーカにつぎ込まざるをえなかった」と早井さんは笑う。
だが時代の移り変わりとともに陰りが見え始めると、悩む時間も増えていったという。
「ある時、吉祥寺のジャズの名店『SOMETIME』に足を運ぶ機会があった。その時、この店のすべてに僕の悩みの答えがあることに気がついたんです」。と早井さん。

心機一転、亀有に移り、店舗は「ジャズの店」に集約。ほかの飲食店の人気メニューはそのまま活かされた。
開業以来、穐吉敏子さんのライブが何度か開催されたこともある。今は亡きお兄さんと穐吉さんは、満州の同じ中学校出身。長い間文通されていたことがご縁という。その時のパネルが誇らしげに店内に飾られ、大勢の人であふれかえるお店の写真は早井さんの宝ものだ。
こうした変遷を経てきた『Jazz38』の最近の充実ぶりがまたすごい。
月曜定休日以外、プロのセッションリーダーによる3時間の『ランチセッション』を毎日開催。遠くからいらっしゃるお客さまも多く、平日でも参加者が15人を越えることもあるのだそう。金曜日夜はナイトジャム、土曜日のライブスケジュール表には、あちこちでお見かけする有名ミュージシャンが名を連ねる。奥さまのゆみさんもジャズボーカリストで、ステージに立たれることもしばしばだという。すべてがジャズづくしの毎日だ。
でも、お昼にフツーにご飯を食べに来る方もいらっしゃるんですよねえ?その時はどうするんですか。
「演奏を聴きながらご飯を食べ、拍手してくれたり、片付けを手伝ったりしてくれますよ。僕が厨房に入りっぱなしになる時は誰かが声を掛けてくれるし。助かっています」と早井さん。
そこはやっぱり店主のお人柄でしょう。なんか手伝わずにいられないような……。
早井さんは最近お店の上階に引っ越してきた。仕事に専念できるようになり、体を休める時間が増えたという。
「いろいろなことを経験し、今がいちばん幸せって心から思えるようになりました」。
そのことばに、なんだか熱いものがこみ上げてきた。