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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.142
COFFEE & JAZZ BASIE

今どきカフェに昭和の名残、“らしくない”ジャズ喫茶
@兵庫・尼崎

 尼崎といえば、阪神尼崎駅前に完成したばかりの尼崎城がにわかに盛り上がり、商店街では毎年、阪神タイガースの優勝マジック「143」が開幕前に点灯し、春の風物詩になっている。そんな下町の阪神尼崎駅と違ってJR尼崎駅は、同じ尼崎とは思えないほど垢抜けている。
 さて、今回お伺いする『COFFEE & JAZZ BASIE』は、JR尼崎駅前から南へ2分ほど歩いたところにある。ダークブラウンを基調にしたシックな店内は、大阪・ミナミの堀江にあるような今どきのカフェと変わらない。カウンターに目をやると、最近は見かけなくなった懐かしいマッチがあって、1987年10月にオープンしたことがわかる。
 窓から差し込む木漏れ日に、薄暗いイメージのジャズ喫茶の雰囲気はない。マニアックな年代物のスピーカーから流れる大音量もなく、ジャズ喫茶と知らずに入って、実はジャズ喫茶だったという感じだろうか。いい意味で裏切られたと錯覚してしまう。オープンして31年、マッチに昭和レトロを残しつつ、この心地いいギャップは、まるで、阪神尼崎駅とJR尼崎駅の駅前の違いといってもいいかもしれない!?。
 オーナーの中井康勝さんは、尼崎にある老舗の建設会社、中井總組の三代目の社長さんだ。公式ホームページには、建築部、不動産部といった部署と並んで、喫茶部という形で紹介されている。
 オープン当時、すでにジャズ喫茶は少なくなり、「おいしいコーヒーが飲めてジャズが聴ける落ち着いた喫茶店にしたい」との思いからお店を開いた。その思いはコーヒーカップのこだわりに表れている。カウンター越しのキャビネットには、数十種類の色とりどりのコーヒーカップが置かれ、お気に入りのカップを選んでコーヒーを楽しむお客さんの姿も。
 壁には銀幕のスターとともに、マイルス・デイヴィスや、チャーリー・パーカーといった、ジャズの巨匠たちの写真が飾られている。そして、奥の大きなテーブルの横には、カウント・ベイシーのアルバムを引き延ばした一枚の写真がある。その写真には中井さんが店名にするほど惚れ込んだ、ベイシーへの愛が込められている。

 中井さんが音楽と出会ったのは小学生のときである。当時、在日米軍向けのラジオ放送 FEN(Far East Network)から流れてくる洋楽が子供心に新鮮だった。中でも、ドリス・ディが唄う「センチメンタルジャーニー」が印象的で心地よく耳に残ったという。後にジャズのスタンダードナンバーとして、多くのアーティストにカバーされた名曲だ。その後、吹奏楽やビッグバンドを好んで聴くようになり、高校生のときにカウント・ベイシーに出会う。
 以来、今日までせっせと少しずつレコードを集めたのかと思いきや、意外にも店をオープンすることになってからだそうだ。仕事の合間に中古レコード店に通い、1940年から1970年代までの電子音になる前の落ち着いた音源を探し求めた。「フュージョンやアップテンポのものではなく、トントントントンと心臓の鼓動のようなリズムが、いちばん落ち着いて聴ける」と、4ビートにこだわる。好みのレコードを探す、気の遠くなるような作業をコツコツと続け、集め終えたのは、3、4年前。もう買い尽くしたとニヤリ。その数は約4000枚。苦労して集めたレコードは、プレイヤーやスピーカーにはこだわらず、「4ビートの音が聴けたらいい」と潔い。それでも、当初はスピーカーを床に置いて本格的なジャズ喫茶をめざしていたそうだ。「隣がお医者さんで聴診器の音が聞こえへんと言われてね。そのかわり、毎日3杯の出前を取りますから」と、今もお隣は常連のありがたいお客さんである。
 ふだんはCDをBGMとして静かに流しているが、リクエストがあればレコードの扱いに慣れたお客さんが自らセットして針を落とす。中井さんのもとには、いろいろな人がレコードを引き取ってほしいと持ってくる。流行歌から浪曲までジャンルは問わない。どんなものが混じっているのか楽しみにしていて「レコードの宝石箱や〜」状態。中には、ウエスタンや、ライオネル・ハンプトンのセットが入っていたり、そんなレコードも含めると、その数、6000枚は下らない。
「知っている曲も知らない曲もあるけど、ジャケットを見ながら聴いていると、ストレス解消になるんだよ」と中井さん。御歳80歳には見えない若々しさの秘密である。

 中井さんは時間があれば、レコード収集だけではなく、イベントやライブにも一人で出かける。毎年8月に神戸文化ホールで開催される「ジャパンステューデントジャズフェスティバル」では、学生たちの演奏を楽しみにしていて、10月の「神戸ジャズストリート」では、会場をはしごしないで神戸倶楽部に腰を据えて楽しむのが恒例になっている。
 最後にどんなお店にしたいですか?と訊ねてみた。「変えたくないですね。このまま長く続けたい」と中井さん。そして、プレイヤーは天才とリスペクトすることも忘れない。ジャズを愛している人は、ジャズの楽しみ方も心得ている。体に刻み込まれた4ビートのリズム。お話を聞いていると、4ビートでしあわせになれるような気がした。
 僕は煙草を吸わないけれど、肩身の狭い思いをしている愛煙家にはうれしいはず。昔は喫茶店やバーのマッチを集めたものである。雰囲気がよく、料理がおいしく、お店が気に入って「また来たいな、誰かと来たいな」と思ったとき、忘れないように必ずマッチを持ち帰った。新しい店を開拓すれば、コレクションのようにマッチの山ができた。敷居が高くなく、“らしくない”ジャズ喫茶は、初心者にも愛煙家にもやさしいお店なんだろうなぁ。きっと。懐かしいマッチを眺め、昭和の名残を惜しみつつ、今宵は4ビートのカウント・ベイシー。