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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.137
ジャズカフェ む~ら

レコードとコーヒー、アロワナに癒される
@京都・出町柳

 神戸で生まれ、大阪に住んで、京都には、たま〜に来るくらいなので、おけいはんに乗ってちょっとした旅気分。京阪・出町柳駅を下りて高野川沿いに上流に向かって歩くこと約10分。住宅街の中にありました『ジャズカフェ む~ら』。早く着いたので周辺をぶらぶら散歩でもしようと思っていると、店主の北村嘉章さんと入口でバッタリ。「あっ、どうもどうも」ぎこちなくあいさつを交わし、入店すると、そのままテーブル席に案内されて目に飛び込んできたのは、アジアアロワナが悠々と泳ぐ2つの大きな水槽。北村さんは物心ついたころから魚が好きで、それが高じて「アロワナライブ」とステージ名にもなっている。
 焙煎コーヒーの香りが店内に漂い、淹れたてのブラックコーヒーに口をつけると、無音だった店内に突然、大きな音が……。想像以上の音量に驚いてカップの中身がこぼれそうになる。「そこ、スピーカーの前やからな」と、音量に劣らぬよく通る声でガハハと笑う。北村さん曰く、オーディオを自慢するつもりはないようで、システムにはこだわらず、心地よく聴けたらいい。オーディオに凝りすぎて音質を追いかけて音楽を聴かないというのはおかしい。ごもっともである。

 2006年にオープンして13年目になるお店は、こぢんまりとして心地いいのだが、店の名前が気になってしょうがない。もしかしたらと期待していた僕と同じ名前ではなかったけれど、なんとなく察しがついていたので由来を聞いて納得。
 お店を始める前、米国出身のピアニスト、ランディ・ウエストンが来日したとき、京都にあるジャズ喫茶『LUSH LIFE』主催のイベントにスタッフとしてお供したそう。“北村”は発音しにくいから “む~ら” と呼んでくれと彼に言い、その後、お店を開いたとき、そのまま店名にした。「ジョーと呼んでくれ」みたいな、カッコいいエピソードである。
 お店は順調なスタートと思いきや、オープン当初はお客さんが来てくれていたが、半年もすると来なくなってしまった。なんとかしなければと思った北村さんは、知り合いのミュージシャンに声をかけてライブを始め、ミュージシャン同士のつながりで月1回から週1回になり、次第にお客さんも増えて、今は定休日以外、ほぼ毎日になった。月間のライブスケジュールを見ると、ナンバリングは2000を超え、今夜のライブでvol.2072となっている。スゴーい。

 店内の壁にはお客さんが撮影したモノクロのライブ写真がいっぱい。その中でひときわ大きな写真が目を引いた。「越智順子さんです。2008年にお亡くなりになりましたが、京都ではうちが最後のステージだったと思います。ご縁があって1周年のときに出ていただいて、それからいろいろなミュージシャンが出演してくれるようになってオファーが増えました。いうてもいつも満員にならへん。15人くらいがちょうどいいかな」と謙遜するが、ミュージシャンの間でも越智さんが立ったステージということで『む~ら』のステージの価値も上がり、ステージに立つことがステータスになっている。その証左を示すのが2000回を超えるライブにある。ジャズだけではなく、ブルースからオリジナルの弾き語りまで間口は広いが、誰もがステージに立てるわけではない。ライブのクオリティーを落とすことなく、アマチュアのノーチャージライブや、音楽好きで頑張っているおやじバンドの登場もあってバラエティーに富んで楽しそうだ。
「お客さんとミュージシャンに恵まれて感謝しています。ミュージシャンの方も居心地がいいと言ってくれてうれしい」と、北村さんにとって越智さんは忘れられないミュージシャンのひとりでもある。

 北村さんのジャズとの出会いは16歳のとき。京都の八瀬遊園に渡辺貞夫や、日野皓正が出演したイベントだった。それからレコードを聴きたくてジャズ喫茶に通うようになった。当時の京都には40軒くらいあったそうで、ジャズ喫茶こそ、北村少年がジャズを勉強する唯一の場所となり、毎月2000円の小遣いでレコードを買うのが楽しみだったという。大学生になると、水泳部で活躍し、シーズンオフはレコードショップでバイトの日々。バイト代はレコードの現物支給だったらしい?! そのバイト先の社員でクラシック担当だったのが奥様の三千子さん。そのころからジャズ喫茶をやりたいと思っていたが、卒業後は就職し、サラリーマンに。そして、定年を待たずに49歳で念願のジャズ喫茶をオープン。「周りからやめとけと反対されたけど、やめとけと言われたら絶対にやったろと思って始めたけど、最初はさっぱりでしたわ」と振り返る。

 北村さんが好きなのはスイングジャズ。その日の気分で気の向くままにレコードに針を落とし、お客さんのリクエストには応えない。まったく応えないわけではないが、その都度、応えていると、店がブレるから「ない」とキッパリ断る。
 好きなミュージシャンをお聞きすると、デューク・エリントン、ビリー・ホリデイ、ルイ・アームストロング。「王道だけど、忘れられているところもあるからね。ビリー・ホリデイはファンが多いからよくかけるかな」。お客さんのこともちゃんと考えてくれている。「昔はね、いちばん流行っているのが嫌いだったからチャーリー・パーカーや、レスター・ヤングといった1930年代の古いものばかり聴いてたなー。でもね、マイルスの晩年もいいし、フュージョンもいいのにね。へそ曲がりだったから逆にそんなふうにしていたのかもしれないなぁ」と、なんだか懐かしそう。

 お客さんの顔を見てレコードをかけることもあるという。僕が入店したとき、大きな音に驚いた一枚目のレコードは誰だったのか気になった。所有する約3000枚のレコードからチョイスしたのはローランド・カーク。もし、今日でなければ、このタイミングでなければ、その一枚に出会うことができなかった。初心者は何かと指南を求めたがる。聞けばラクだし、手っ取り早い。その道のプロが薦めてくれるなら間違いない。とりあえず安心する。「名盤に振り回されずに自分が聴いていいのがいい」。北村さんの答えは明快。そう、たくさん聴いて、曲と出会い、ミュージシャンに出会うのが、初心者の謙虚な心得だと思う。ジャズは難しくない。推薦するからいいとは限らない。僕にそっと薦めてくれた(と思っている)ローランド・カーク。僕とジャズの一期一会。今夜、じっくり聴いてみようかなー。レコードで聴くべきところだけど、YouTubeで。