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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.106
いーぐる

半世紀にわたり、ジャズの魅力を伝え続ける
@東京・四谷

JR四谷駅からわずか1分。地下にある店へと下る階段のスピーカーからは、早くもジャズが鳴り響いている。
私が新米デザイナーだった頃、この店のそばにあった勤務先から、時々ふらりとやってきては音楽に耳を傾けた。すっきりとしたモダンな店内。明るい木目の壁面に飾られたセンスのいい写真とマティスの『JAZZ』は、ほぼ当時のままだろう。『いーぐる』のオープンは1967年というから日本の中でも老舗中の老舗であることは間違いない。だが店内に漂っているのは、どんよりした「懐かしさ」ではなく、凜とした「現在」の空気だ。
「オープンした時、僕は20才の現役大学生でした。当時は洋楽イコールかっこいいという風潮だったし、さらにロックよりジャズのほうが先端を行くイメージが感じられ、じゃあ自分で店をやってみようかとミーハーな気持ちで始めました。でも何年かやっていくうち、ジャズが『聴くに値する音楽』であると気づき、今日まで続けられたのでしょう」とオーナーの後藤雅洋さん。

後藤さんは数多くの著書を持ち、『いーぐる』経営の傍らラジオのパーソナリティやカルチャー教室の講師も務める。また音楽界の要人を招き、店内で開催するジャズを中心とした連続講演会は次回でなんと575回目。年間平均25〜6本の講演を継続している。あらゆるメディアを駆使してジャズの魅力を伝える、まさに伝道師のような活躍ぶりである。
「ジャズ喫茶の役割は大きく分けて2つあると思います。ひとつは過去の名盤を通じてジャズの歴史を伝える役目。そしてもうひとつは新譜から今の空気を感じてもらうということ。僕自身はジャズとファンをつなぐ図書館司書のようなものかな」
オープン当初の1960年代、ジャズ喫茶はベトナム戦争や人権運動、安保、反体制といった学生運動のたまり場的雰囲気が色濃かったという。やがて80年代になると大規模なジャズフェスの影響を受け、ジャズは穴ぐらのスノッブな音楽から明るい野外の音楽へと変貌。そしてバブル崩壊とともに影を潜めるように沈んでいったが、こうした風俗の変遷とは別に、熱心でコアなジャズファンはいつの時代にも根強くいたと後藤さんは語る。売り上げをみてもバータイムはバブル期に比べて減ったものの、18時までの「おしゃべり禁止タイム」ではさほどの変化はないという。
「僕らの役割は本当に良質でおもしろい音楽を提供すること。また店主の好みを超えた客観的な視点を創造していくことでしょう。選曲には自信がある。本当に粋なジャズ喫茶の使い方は、黙って座ってその店の選曲を聴き、知らない音楽に接して視野を広げることなんです。こっちはそのプログラムを考えるプロだからね。流れを考え、常連さんが週2〜3度来ても同じものに遭遇しないよう、プログラムのデータはパソコンで管理しています」。

後藤さんいわく選曲のポイントはバランスだという。ジャズ入門者には、音楽的に優れ、かつ「ジャズ度」のさほど高くない聴きやすいものから勧めるそうだ。またいろんな視点からたくさんの間口を用意してあげることも必要なのだとも。こうした後藤さんの長年培ったノウハウは著作『一生モノのジャズ名盤500』に詰まっている。版を重ねる人気書籍だが、この12月には続編の『厳選500 ジャズ喫茶の名盤』(小学館新書)が出版される。伝道師、まさにフル稼働だ。
「ところで前から感じてたんだけど、コンボを聴く人はビッグバンドを敬遠するし、ビッグバンドを好きな人はコンボはあまり聴かないみたいだけど、それじゃ片手落ちでもったいないですよね。特に近年ではマリア・シュナイダーや挾間美帆のような、どんなジャンルのファンにとってもすばらしいアーティストが出てきているのに」と後藤さん。
さあこの問いかけには、いつも取材に同行するフリペ『BIGBAND!』編集長、我が意を得たりと黙っちゃいなかった。「そうなんですよ!『ジャズは聴くものではなくやるものだ』とか開き直っちゃって、全然聴かない人、少なくないんです!」と日頃の不満炸裂、後藤さんとおおいに盛り上がる。あわわ、ランチのお客さん、もう来てるってば。
入ってきたお客さんはスピーカーの近くから埋まっていく。みんなひとりのところをみるとやはり常連さんなのだろうか。それにしても9種類ものパスタランチ、サラダとコーヒーまでついて、いや、なによりJBLからあふれ出るすばらしい音質のサウンドがセットで820円or880円とは、いくらなんでも安すぎないか?
店内には本日の一枚目、ビル・エバンス『Sunday At The Village Vanguard』。今日はいったいどんなテーマのプログラムが始まるのだろう。あーあ、あと2時間、ここでまったりお昼休みしていきたいなァ〜。後ろ髪を引かれる思いで『いーぐる』を後にした。