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ジャズピープル

目に見えないものを写真を通して表現したい

神戸ハーバーランドの巨大アートギャラリー&アトリエ「神戸波止場町TEN×TEN」で、4月に明石在住の写真家、芝地稔さんが、ジャズをテーマにした写真展『ひととまちとたびとジャズ』を開催しました。そして、開催期間中の4月4日には、写真展で紹介された、高橋眞治とJAZZYな仲間たちによる応援ライブも行われました。インタビューでは、写真との出会い、ジャズとの出会いからモノクロにこだわる写真論まで語っていただきました。

person

芝地稔
[写真家]

1947年生まれ。神戸出身。高校卒業後、兵庫県庁に入庁し、神戸大学第二過程(定時制)で経済学を学ぶ。1969年から神戸新聞文化センターで写真家の土屋幹男氏のもとで写真の基礎を学び、1か月にフィルム20本、年間200本を撮りため、1973年に「ランダム73」と題し、初の個展を開催。その後、約20年間、撮影から離れていたが、2001年から本格的にジャズを撮り始め、現在に至る。ニ眼レフのローライフレックス、1942年製のライカなど、20台のカメラを所有する。

interview

写真展『JAZZYな仲間たち』 展示写真

interview

例外なくカッコいい、ジャズメンたちの姿


── ジャズを撮影するきっかけを教えてください。

「写真から離れていた時期があったのですが、オランダの写真家、ヴァン・デル・エルスケンの『Jazz』という写真集を見て衝撃を受けました。著名なジャズメンたちに肉薄し、額から汗が吹き出るような表情をアップで撮っていて、彼のような写真を撮りたいと思い、明石の『HANAZONO』というライブハウスに通って撮るようになりました」

── ブランクを経て、ジャズに出会い、ジャズに魅せられたのですね。

「写真をやめていたので腕が鈍って、一からやり直さなければという思いがありました。スローシャッターでプレイヤーが止まる瞬間を撮るのですが、カメラにはシャッターの深さや軽さなど、押し込みのクセがあり、一台一台が違います。それを体に覚え込ませるのですが、最初はブレてすべてアウトでしたね。それでも何度も続けて撮っているうちにプレイヤーのクセがわかるようになりました。曲を聴いていると、仕草がわかるので、その瞬間にシャッターを切ることで、シャッターチャンスを捕まえる勉強になりました。あるとき、手応えのある一枚を撮ることができて、初めて作品になったという感じがしました。それから本格的にジャズを撮るようになりました」

── ジャズという被写体に対してどんな思いで撮影されているのですか?

「プレイヤーはアマチュアですが、プロのようにカッコよく撮りたいと思っていましたが、ファインダーを覗いて負けましたね。彼らの方がカッコよかった。生の自分をさらけだしているところで敵わないと思いました。タイミングを合わせてシャッターを切るだけで、私は記録者に過ぎないと感じました。そんなふうに割り切らないと、被写体に負けてしまいます」

モノクロは見る人が、感情移入しやすくなる


── モノクロの写真が多いですが、モノクロのよさは何でしょうか?

「色を想像させることで見る人が作品に参加することになります。自分の思いを表現しようと思えば、カラーよりもモノクロになりますね。ジャズ以外でもモノクロで撮っていましたが、フィルムカメラのときは自分で現像もしていたので、白黒写真について勉強しましたね。髭の1本1本にピントが決まるフィルムの方が、写真として力があり、シャープになります。フィルム1本は36枚ですから、撮り終わるとフィルム交換しないといけないので、曲の間にピークを探そうとするわけです。神経が研ぎ澄まされて気持ちの入り方がデジタルとは違います」

── 写真から離れていたときは、どのように過ごされていたのですか?

「写真を撮ることができないときはフラストレーションがたまりました。でも、今、振り返ると、写真から離れていた期間があってよかったと思います。本を読んだり、写真展に行ったり、撮影のテクニックではなく、精神的な写真論を吸収できたような気がします。仕事の現場でプロのカメラマンと接する機会も多かったのですが、彼らといっしょに仕事ができたことはいい勉強になりました。彼らはプロとしてプライドを持って撮っているわけで、同じ画を撮るのにも気合いが違い、私の写真とくらべてこだわりも違うわけです。自分なりに写真とは何か、なぜ、写真を撮るのか、何を表現するのかを考える機会になりました」

── 長年、ジャズを撮影されてよかったことはありますか?

「被写体になっていただいた方には、写真を差し上げているのですが、中には、お亡くなりになられた方もいて、父を偲ぶものにこれ以上のものはないと、ご遺族の方にも喜んでいただけたことがうれしかったですね。撮影した人と本人を写真がつないでくれたので撮り続けてよかったと思います。また、今回、個展の開催にあたり、モデルになっていただいた高橋眞治さんが、仲間たちとライブを行ってくれたことがうれしかったですね」

無言の対話を通して、写真から作品になる


── 写真家として今後の活動の予定はありますか?

「ジャズは自分のフィールドとして撮り続けていく一方で、旅をテーマにした写真を撮りたいと思っています。南米移民を送り出した旧神戸移民収容所を舞台にした、石川達三の『蒼氓』という小説があるのですが、その世界観に興味があります。兵庫や神戸を描いた文学はたくさんありますが、現地を訪ねて実写するのか、イメージで作り上げていくのか、わからないですが、旅をテーマにしたフォトストーリーをつくりたいですね」

── ジャズ以外に撮ってみたいテーマや作品はありますか?

「一枚の旅の写真があって、ここに行くまでの間のストーリーと、この写真の向こう側につながるストーリーを見る人がどう感じるのか、そこに自分の意思を投影できれば作品として価値があります。それは“いいね” “きれいね”で終わってしまうと、作品ではなく、単なる写真です。その写真を見た人が感情移入し、写真を通して作者としての自分と、見る人が無言の対話をすることで、初めて写真から作品になります。たとえば、神戸をテーマに撮るにしても“街全体を撮って神戸です”ということはしたくないですね。時代の痕跡を拾い集め、破片のような写真を積み重ねて、全体を表現した“私が見た神戸です”というようになればいいですね」

── 最後に神戸のジャズに期待することはありますか?

「今は全国各地でジャズイベントがたくさん行われていますが、ジャズの発祥地として、ジャズの聖地として、神戸は特別な場所です。アメリカのカーネギーホールで演奏したいと思うのと同じように、神戸でジャズを演奏したいと思ってもらえるような場所になってほしいですね。それぞれのライブハウスが核となって盛り上げて、神戸でジャズを演奏することが、ステータスになればいいと思いますね」