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ジャズピープル

やりたいと思うことを一番の原動力に

今回、ご紹介するのはサックス奏者 坂田明奈さん。関西出身ですが、音楽活動の幅を広げるために、6年前から活動拠点を関東に移し、様々なカタチで活動されています。吹奏楽を通じて、サックスを始めるも、家業を継ぐため、大学で建築の勉強をし、一度は建築の世界へ。ただ、自分のやりたいことは建築ではないと感じ、8か月でその仕事を辞め、好きなことで生きていこうと決意し、音楽の世界へ。そんな坂田さんの音楽のルーツであり、目指す音楽はマイケル・ジャクソンなんだとか。今も彼を敬愛し、誰からも愛され、聴く人すべての心を開くような存在になりたいと願っているそうです。これまでの経験や今の活動、これからやってみたいことなど幅広くお話をお聞きしました。

person

坂田明奈

1987年 奈良県生まれ。O型。
建築家の父、ピアノの先生の母、短歌を詠む祖母のもと、ピアノ、ダンス、絵を描いたりし、自由に育つ。家業を継ごうと大阪工業大学建築学科卒業後、設計事務所に就職するが8ヶ月で退職。23歳でミュージシャンに転身し、堂地誠人氏に弟子入り。転身から2年後、『熱烈ホーンズコンテスト』(サックス&ブラス・マガジン主催)においてグランプリを獲得し、これを機に上京。上京後に結成したインストバンドRATELとしても活動し、2枚のアルバムを発表している。
2016年からサックス専門誌 サックス・ワールド にて、”坂田明奈のいまさら聞けない? サックス超初級セミナー”の講師として連載中。
坂田 明、Philip Woo、つのだ☆ひろ、七尾旅人、ジャンク フジヤマなど、第一線で活躍するミュージシャンとのセッションを重ね自身の表現に磨きをかけている。



interview

音楽のルーツはマイケル・ジャクソン


── 坂田さんの音楽のルーツは?

坂田「私は三姉妹で、小学生のころ三姉妹でジャズダンスをやっていました。ジャズダンスの先生がマイケル・ジャクソンのかっこいい曲をたくさん教えてくださって。J-POPよりマイケル・ジャクソンが好きになりました。英語は分からなかったですが、それがあってファンクやブラックミュージックが好きになりました。今でもマイケル・ジャクソンは大好きです。もちろんサックスプレイヤーで好きな人もたくさんいるのですが、マイケルはミュージシャンの中で一番好きです。すごいスターで愛があるじゃないですか。音楽だけでなく、ファンの精神的な支えになっているというのが憧れますね。カリスマ性もあるし、歌もダンスも別格で誰も真似できない存在ですね。」

── サックスを始めたのはいつごろですか。

坂田「サックスは中学の吹奏楽部ですね。母親がピアノの先生だったというのもあって幼少のころはピアノをやってました。でもあまり上手くなくて。私は三姉妹の真ん中なのですが、姉は現在ピアニストをやっていて、当時から全然上手でしたし、熱心に練習をしてました。それで姉は、小さいころから特別上手でしたね。」

── お姉さんは今もピアニストなのですか?

坂田「そうです。姉はジャズピアニストで、現在スウェーデンで活動しています。私も一度遊びに行きましたが、文化、街並み、人も素晴らしい国ですね。」

── ダンスではなく吹奏楽を選んだのは?

坂田「中学生のころ自分が何をしたいかなんて考えてはいなくて。その当時、近所で仲良くしていて、ダンスも一緒にやっていた友達がフルートをやりたいから吹奏楽に入りたいと。その流れで私も吹奏楽に入りました。入部していろいろな楽器を触り、担当の楽器を決めるオーディションが行われ、顧問の先生や先輩によるチェックと本人の希望で担当の楽器が決められることに。私はサックスになり、それでサックスが大好きになりました。そこからサックス一筋ですね。朝練に参加したり、とにかく上手くなりたかったですね。結果的に、奈良県の中学校の選抜バンドに選んでもらいました。それで自分はうまいのかなと思うことはありました。その時は、うれしかったですね。」

── 高校でも吹奏楽を続けられたのですか?

坂田「中学でサックスが好きになったので、高校でも吹奏楽をやろうとは思いました。それで県内でも強い高校に行きたいと思い、進学しました。高校時代もサックスに明け暮れていましたね。」

── そこまでサックスが好きだったのであれば、音楽で進学を考えなかったのですか?

坂田「自分の将来が選べると思ってなかったんですよね。特に押し付けられたわけでもないんですけど、家業を私が継ぐものと思っていたんですよね。私は自分のためというよりは、人のためじゃないと頑張れない性格なんです。父が喜ぶ姿を想像するのが純粋にうれしかったんですよね。跡を継いだら両親も喜んでくれるだろうと思っていて、それが自分の喜びでもあったので、小さい時から跡を継ぐことを考えていました。子どものころから絵を描くのが好きだったから向いていないとも思っていませんでしたし、とにかくあんまり自分がしたいと思うことを考えていなかったですね。あと、姉がピアノがすごく上手だったので、私は頑張っても学校の吹奏楽部の中でうまいくらいだろうと思っていました。姉は誰の目から見ても上手かったので、ジャズピアニストになっても驚きはないですね。でも、私はそうじゃないなと思っていました。」

── 大学でも吹奏楽を?

坂田「大学では吹奏楽はやりませんでした。高校生の吹奏楽部で一緒だったサックスパートの5人で”ガラムマサラ”っていうグループを組んで、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの楽曲を演奏したりしていました。週に1回練習するくらいでしたね。大学も別々になったので、友人に会うきっかけのようなものですね。今でも時々演奏をやります。主婦だったり、学校の先生だったり、みんな立場は違いますけど、ライブも会うための口実かもしれませんが。その時は、ギャラをもらうようなことはないですし、中学校の文化鑑賞会のようなところに呼んでもらったり、定期演奏会のゲスト演奏とかをやっています。」

自分のやりたい好きな音楽を一生やろう


── 坂田さんは学生時代にジャズをしなかったのですか?

坂田「そうですね。ジャズ研とかビッグバンドに入ってということはなかったですね。アース・ウィンド・アンド・ファイアーの楽曲をやったり、アドリブはなかったですね。他にバンド組むということもなく、居酒屋でバイトしてました(笑)。」

── では、プロになるきっかけって何だったんでしょうか。

坂田「大学生のころは音楽もそこそこに、デザインの勉強が中心で、それはそれで楽しかったんです。卒業後、設計事務所に就職して、1戸建ての住宅を担当したのですが、人の命や生活を預かることになる上に、両親のためと思っていましたが、その気持ちだけでは続けられないシビアな現実がありました。私自身が挫折した時に、どういう建築をしていきたいとか、どういう建築事務所を作ろうとか、自分の中に建築に対する夢や情熱がなくて。這い上がろうという気持ちがなかったですね。結局、精神的にきつくて、辞めることにしました。それで今度は自分が好きな音楽を一生やろうと決めました。その時、たまたま姉が日本に帰って来ていて、相談し、姉もびっくりしていましたが、"応援するよ"と言ってくれて。それで、両親の前で"音楽をやりたい"と直談判しました。母親は心配そうな顔をしていましたね。父親は自分のせいで嫌な建築をやっていたのかと思ったようで、"好きなことが見つかってよかったね"と言ってくれました。」

── でも、音楽活動のブランクに不安はありませんでしたか。

坂田「不安がなかったわけではないですが、楽しみの方が勝っていました。ただ、既に学校には行かしてもらっていたので、改めて音楽学校に通うつもりはありませんでした。当時、奈良でミュージシャン活動している友達にアドリブってどうやるか聞いてみたりしてました。それでも限界があったので、師匠を探すことに。ガラムマサラのメンバーが同志社のサード・ハードに入っていて、そこに教えに行かれていたのが堂地誠人さんでした。その人がかっこいいよと教えてもらい、実際に見に行くとかっこよくて、弟子にしてくださいとお願いして、そこから3年くらい教えてもらいました。」

── しばらくは関西で活動を?

坂田「そうですね。大阪・京都を中心に活動していました。あちこちセッションに行って、気があった人とバンドを組んでました。全部受けてたら気づけば同時に9バンドに参加していることもありました。プロだけでなく、社会人の方ともバンド組んでました。自分のサックスが必要とされることがすごいうれしくて。でも、予習が追い付かなかったですね。毎日、練習行ってバイト行ってみたいな生活をしていました。サックスをフロントにしたバンドだったり、外国の方とレゲエのバンドをやったり。幅広い音楽をやりましたファンクなことが多かったですね。ジャズは練習で少しやったくらいです。」

── その後、東京に拠点を移されていますが。

坂田「師匠に教えてもらいながら、毎月先生のセッションのお手伝いしていまして。そこのセッションでホストバンドのトロンボーンの村長さんという方に、当時、サックス&ブラスマガジンという雑誌主催のコンテストがあるのを教えていただきました。"これ出たら集客とか楽になるぞ(笑)”とアドバイスをいただきましたが、自信がなくて。でもいい機会だと思い、誰にもばれないように、応募するためのデモ音源を独りで制作しました。師匠にも村長にもそんなことは一言も言いませんでした。こっそり出したら、一次審査と二次審査が通って、最終審査が代官山にあるライブハウスで行われることになりました。生バンドをバックにフロントが10組変わるというライブ形式の審査でした。最終を前にして、初めて師匠にコンテストの経緯や最終審査の内容を説明し、東京に行きました。それで最終審査でグランプリをいただくことができました。他にも上手い人がたくさんいらっしゃったと思いますが、当日は東京で活動する年代の近いミュージシャンがバックバンドに入っていて、その人たちと演奏できるのがとてもうれしくて。競っているのを忘れて、演奏を楽しみました。それでバンドの一体感みたいなのがよかったみたいで、グランプリをいただきました。その時のことが刺激になって、その翌々月に"今しかない"と思って、東京に移住しました。」

お客さんの心をオープンに


── 今はどんな活動をやっていますか?

坂田「カバーはやらず、オリジナルを中心にRATELというバンドをやっています。それと自分名義のリーダーバンドをやっています。RATELはメンバー全員で曲を作るんですが、自分のバンドでは、自分で書いた曲を演奏し、その時その時に思ったことを表現しています。はがゆい気持ちの時や失恋の時、うれしい時など、それを自分なりに表現したものを演奏しています。あとは、呼んでもらって演奏することもありますね。」

── 1か月にどのくらい演奏していますか。

坂田「5~10本くらいライブしていますね。あまり忙しいのが苦手で、一つ一つ集中して仕事がしたいと思っています。あまりライブを詰めすぎると、自分の時間が削られてしまうので。その時の気持ちはどこから来るものなのか、匂いとか、色とか、景色とかとリンクして曲を作ることが多くて、私は曲作りにはちょっと心に余裕がないとできなくて。楽曲を作ったり、自分の技量を上げたり、新しいことへの準備する時間も必要だと思っています。なのであまりタイトにはしないようにしています。」

── ご自身のバンドのことについて教えてください。

坂田「メンバーはドラムとベースとピアノとサックスで、私以外のメンバーは人間的に波長が合う人にお願いしています。活動は東京が中心です。自分がリラックスして演奏できることをとても大切にしていて、年に3~4回ライブをしています。東京に行ったすぐのころは毎月やっていたんですが、毎月やっていると次のライブをどういう風にしようかと企画が決まる前にその日が来てしまうので。単にライブを消化していくのが嫌で、次はどういう空気にしたいとか、どういう新しい曲をしたいとか、どういうストーリーにしたいとか考えてやりたいので、少し間をあけるようにしています。」

── 坂田さんが表現していきたいことは?

坂田「私が表現したい音楽で、長く変わらないことは、聴いてくれるお客さんの心をオープンにできればと思っています。それが癒しなのかもしれないし、心が洗われるものかもしれない。その源流はマイケル・ジャクソンにあります。彼から受けた感動のようなものを伝えられたらと思っています。もちろんどのバンド、どこで演奏する時でも常にいつも同じことを心がけています。」

── 最後に、これからやりたいことは?

坂田「最近、ジャズスタンダードの歌を唄うことに挑戦しています。ジャズスタンダードの素晴らしさを知って、好きな曲が増えていって、純粋に唄ってみたいと思うようになりました。歌の技量はまだまだかもしれませんが、サックスと同じくらいできるようになればいいなと思っています。今は、自分のライブでスタンダードをやる時に唄う程度です。歌手になりたいというわけではなく、スタンダードの歌が素晴らしいから自分もやってみたいと思っています。やりたいと思うことを一番の原動力として、新しいことにチャレンジしていきたいです。誰かに教わるわけではないですが、発音だけは英語の先生に教えてもらっています。自分を最大限表現するため、自分ができる幅を広げていこうと思っています。今のところ予定はないですが、自分のバンドでも作品を作りたいと思っています。そのために楽曲をストックしています。」

── これからの活動が本当に楽しみです。本日はお忙しい中、ありがとうございました。是非、神戸でも演奏を聞かせてください。

information

[ RECOMMEND MOVIE ]

坂田明奈/Lava stone


坂田明奈/Refined beauty



[ About ]

RATEL

2017年1月結成。同年3月に1stアルバム『Distraction』を、 翌年2018年4月には2ndアルバム『Scape』をリリース。 バックボーンの違う4人がアイデアを持ち寄り、個性を融合させながら練り上げたオリジナル曲は洗練されたサウンドで、 ポップなフィーリンングも持ち合わせている。 関東を中心にライブ活動を行っており、個々の豊かな感性を交わし合わせて創る生きた音楽は好評を得ている。

坂田 明奈 Sax/中原 裕章 Keyboards/浜野 滋 Drums/杉浦 睦 Bass



[ Release ]

​ 『Scape』/RATEL
1.Afroscape
2.First snow
3.Wind in the grass
4.Warmth
5.Flash
CD本体価格 1,500円 税込
2018年4月26日発売
ライブ会場限定販売


『Distraction』/RATEL
1.Growing
2.Sparks fly
3.A Calm sea
4.Cactus
5.Interlude
6.Immoral feeling
​7.Kaminari
CD本体価格 1,500円 税込
2017年3月18日発売
ライブ会場限定販売


RATEL Official Website