ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
エディ・ロックジョウ・デイヴィス

ロックジョウというのもあだ名だが、彼のもうひとつのあだ名は「ジョーズ」である。まさに人食い鮫のような凶暴な顔つきでテナーのマウスピースに噛みつき、ブロウしまくるおっさんだ。外観は野武士のようにいかついが、演奏もごつごつと無骨な感じで、とにかく音が凄い。第一回オーレックスジャズフェスティバルのとき、イリノイ・ジャケー、ハロルド・ランド、ロックジョウという三テナーのセットがあったのだが、ロックジョウの凄まじい音、凄まじい気迫、凄まじいフレーズがほかのふたりの大物テナーをぶっちぎりで圧倒した。ロックジョウに対してなんの予備知識もなかった高校生の私は、「なんや、この化け物みたいなおっさんは!」と呆然とした。そのときのフェスティバルには、テナーだけでもほかに、マイケル・ブレッカー、ジョー・ヘンダーソン、ジョー・ファレルなども出演していたのだが、結局、いちばん印象に残ったのは、歯茎を剥きだしにしてマウスピースをくわえ、濁った、ぶっとい音色でブロウする、鬼のようなこの大男であった。ロックジョウの演奏は、はじめて聴くものに対してそれだけのインパクトをもたらすのだ。

ロックジョウといえば、カウント・ベイシー・オーケストラの番頭役であり、スターソロイストである。つまり、スウィング派のプレイヤーということだ。ロックジョウの演奏にはたしかにベン・ウエブスターの影響が顕著に感じられる。しかし……しかしである。ロックジョウのソロには、スウィングという言葉から我々が連想するような「シンプルで親しみやすい歌心」みたいなフレーズはひとつとして出てこない。とくにアップテンポのときの下降フレーズに露骨に発揮されるのだが、あの、変態的な、でたらめクロマチックみたいなフレーズをどう表現したらよいのか……ようするにむちゃくちゃなのである。ある意味、エリック・ドルフィー的な、とてもこの世のものとは思えない、跳躍の多い妙ちきりんなフレージングで、たとえば、覚えて口で歌う、とか、コピーして練習する、とかいった行為が無意味に感じられるようなロックジョウ独特の、余人に真似のできない、というか、真似をしようとも思わないであろう、ワンアンドオンリーのフレーズである。それを、あのどでかい音で堂々と、リズムにのせて吹きまくると……意外と普通に聞こえてしまうのが不思議だ。注意深く聞けばだれでもそのおもしろさに気づくはずなのだが、こともなげに「これがあたりまえ」みたいな感じで吹くせいか、意外とみんな聞き逃している。私はロックジョウのソロを聞くと、ゲラゲラ笑わずにはおれない。ほんまに「変」としか言えないソロなのである。もう指癖になっているのだろうなあ、どんな曲でもあのフレーズが連発されるのは、滑稽をとおりこしてすごい。よほど自信があるのだろうなあ。ロックジョウの特徴として、そういった変態フレーズと、あとは高音部でのスクリームが凄まじい。ジャケーやコブをも蹴散らすほどの、徹底的な咆哮だ。ホンキング(同じ音を連続してリズミックに吹き倒す奏法)の徹底ぶりもほかを圧倒する。そして、ロックジョウがすごいのは、そういったアクロバティックでパワフルきわまりない炎のような大ブロウを展開しながらも、「こんなことたいしたことじゃない」というような涼しい顔をしていることで、ソロを終えたあとも、ニヤッと笑って、なにごともなかったかのように引っ込む。そこがかっこいいのだ。また、リードの先端とマウスピースの先端のカーブはぴったり合わせるのが基本だが、ロックジョウのジャケット写真を見ると、リードの先端がマウピの先から五ミリぐらい飛び出している。リガチャー(締め金)をつける位置も変で、マウピのかなり前のほうにつけている。「こいつ、絶対にだれにも習ってないな」と自己流でサックスを習得したことがわかってしまうが、出てくる音が「あれ」だから、文句は言えない。それと、オルガンとの共演が多いのもロックジョウの特徴だと言える。

さて、ロックジョウの人となりだが、ベイシーのファンなら持っていないひとはいないだろう、スタンリー・ダンスの「カウント・ベイシーの世界」(上野勉訳)という本に、ロックジョウのインタビューが載っている。これがまあ、読み応えあり、というか、ロックジョウがいかに変人かがひしひしとわかる内容なので、少し引用させていただこう。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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