ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
エルヴィン・ジョーンズ

ここのところテナーサックス奏者ばかりに偏っているので、そろそろほかの楽器の話もしよう。今回は、「たこ足ドラマー」などと評されるエルヴィン・ジョーンズについてである。エルヴィンというおっさんは、とにかく凄まじいインパクトのあるミュージシャンで、演奏を聴かなくても、立っているのを見ただけでも、 「ああ、このひとはきっとめちゃめちゃすごい演奏をするにちがいない」

と誰もが思うにちがいない。私がはじめてエルヴィンを目撃したのは神戸の某ジャズ喫茶でライヴがあったときだ。入れ替え制の第二部を予約していたので、冬の寒い夜、みんなで震えながら表で待っていると、第一部の演奏を終えたエルヴィンが店の出口から「ぬう」と現れた。本当に「ぬう」という感じで、それは「ゴジラ」第一作でゴジラが山の向こうから出現した瞬間と同等の衝撃だった。おそらくバックには伊福部昭の音楽が大音量でかかっていたはずだ。エルヴィンは背丈が抜群に高く、胸板が分厚く、腕が松の木のように太く、なんというか神々しかった。彼は黒人のなかでも色がひじょうに黒く、目が細く、口がでかく、笑うと真っ白な歯がむき出しになる(歯というより牙と言いたいほどだ)。二部の開演を待っている我々に笑いかけながら、のっしのっしと店の向かいにあるビヤホールに入っていった。
「見たか」
「見た」
「すげーな」
「すげー」

我々は口々に言い合った。まだ演奏を聴いていないのに、そのとんでもない存在感にすっかりノックアウトされた気分だった。そして、はじめて聴くエルヴィンの演奏はあまりに凄すぎた。我々は目が点になり、口をあんぐりあけ、よだれをだらだら垂らした状態で一時間を過ごした。あのドラミングを文章で表現するのは(とくにリズム音痴の私にとっては)かなりむずかしいが、挑戦してみよう。共演者の出す音を聴きのがすまいとするかのように上体を低くし、フレーズにすぐさま反応してスネアが鳴らされる。タムを叩くと、ドン、とか、ダン、ではなく、ドゥウン……という風に余韻が尾を引き、ビブラートがかかったように響く。ハイハットがどうやら四拍子ではなく、三拍とかそういった変拍子に鳴っているようだがよくわからん。バスドラは裏にドドッ、ドドッと入ってきて、それが緊張感を煽る。そして、全体重をかけて打ち鳴らされるあのガンガラ、ガンガラ、ガンガラ……というスネア……これはなんと言ったらいいのか、叩くとかロールするとかいうのではなくて、「掻き回す」みたいな表現が当てはまるのではないだろうか。渾身の力で、ここぞというときに打ち鳴らされるシンバル群は、雷のような轟きである。全体の印象としては、やはりポリリズムなのだが、「ガンガラ、ガンガラ、ガンガラ、ズドーン! グワラン、グワラン、ドドドドドドズドム!」みたいな感じだ(なんのこっちゃ)。そういった全てが、独特の「エッ、エッ」という声とともにごちゃまぜにされ、とてつもない大音量で響き渡る。トニー・ウィリアムスやディジョネットのドラムは、ポリリズミックな部分があっても、理屈立っていてすっきりしているのだが、エルヴィンの場合は、すっきりさせる以前の混沌とした状態のまま、それをずーっと馬鹿でかく拡大したような印象だ。この「ちょっとずれた」ような感覚を直すことなく、そのまま自信をもって押し進めることによって、ドラミング全体が「うねり」というか「パルス」というか、まさしくアマゾンやナイルのような大河のように聴こえはじめる。やがて汗は滝のように流れおち、スネアはその汗でびしょびしょになる。ほんとですよ、ほんとの話ですよ。演奏が終わると、JAZZ MACHINEと書かれたTシャツを着替えるのだが、黒光りする肉体から立ちのぼる湯気は、まるで温泉から上がったみたいでこれまた忘れられない。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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