ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
アーネット・コブ

といったところだろうか。どうです、聴いてみたくなったでしょう。ぜひ、アルバムを入手して、私の言葉が嘘ではないことを確かめてください。このなかでも特筆すべきは「グロウル」である。いわゆる「ダーティー・トーン」というやつだが、ホンカーなら誰でも使う、このテクニックを最初に発明したのは、なんとコブであるらしい。「ブルース飲む馬鹿、歌う馬鹿」という本に収録されている、吾妻光良氏による故リー・アレン(ニューオリンズの有名なブルーステナーマン)のインタビュー(ザ・ブルース44号)から少し引用させてもらうと、

吾「えーと、あなたは演奏します、用いながら、用いながら、こんな様な音、わかりますか? えーとある種の“ヴァー”(と声を出す)わかりますか? ある種の歪んだ・・・」
リ「(割って入る)グロウルだ。(中略)そのグロウルってのは、おれは何年も前にアーネット・コブから教えてもらったものなんだ。ライオネル・ハンプトンのところにいた奴だ。彼ら(ライオネル・ハンプトン楽団)は「フライング・ホーム」って曲をやってたんだ。アーネット・コブはそこでグロウルをやってたんだ。彼が、あー(良く考えながら)彼がグロウルの発明者だ」
(中略)
リ「ミュージシャンは彼の感じる事を演奏するんだ。全てのミュージシャンが・・・、おれは自分のハートで演奏するんだ。でも、紙きれで演奏するミュージシャンも中にはいる。それとか、他の奴の演奏から演奏する奴もいる。おれはここで(と胸をたたいて)自分を演奏するんだ。自分の感じた様にね。それがソウルっていわれるわけだ。えーと、おれは・・・、何年も前に、まだ勉強中の身の頃に、コールマン・ホウキンスや、イリノイ・ジャケーや、デクスター・ゴードンをコピーしていた。段々それが身についてくると・・・、自分のソウルになるんだ。それが自分をtickするんだ。tick,tick,tick・・・。おれは自分自身を演奏するんだ」

このように、コブの演奏は後進のテナーマンたちに大きな影響を与えている。ビッグ・ジェイ・マクニーリーといったホンカーたちにしても、コブのプレイの「ええとこ取り」をしているわけだし、ジャズテナー奏者においてもしかりである。たしか岩波洋三氏が、
「ジーン・アモンズ亡き後、ボステナーと呼べるのはスタンレー・タレンタインである。しかし、そのタレンタインも、吹いているジャズクラブにふらりとアーネット・コブが入ってくると、緊張のあまり直立不動になってしまう。コブはタレンタインよりもスケールが大きく、恐れられているテナーマンなのだ」

という意味のことをどこかに書いておられたのもうなずける。(以下次号)

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
http://www004.upp.
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