ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ラサーン・ローランド・カーク

カークの音楽は、独自の閉じた世界を作り出すものだという話をしたが、そこに迷い込んだものにとって、カークの音楽は至福の美酒である。しかし、それを遠くから見ているものにとっては、たしかにグロテスクでわけのわからない「変」な音楽であろう。カークは、混沌とした「変な」音楽の海を行く一隻の船の船長である(そういえば、カーク船長というのがいたな)。あなたも一度、カークのアルバムを手にとって、その、えげつなくも楽しい、やかましくもせつない、汚らしくも美しい、恐るべき音楽の海に飛び込んでみませんか。泳げない? そんなん知らん。

最後にローランド・カークのアルバムを三枚ご紹介しておこう。
・「ヴォランティアド・スレイヴァリー」(アトランティック)……ジャズフェスティバルの実況で、上記に書いた「あらゆる音楽のごった煮」的演奏が楽しめる。楽しめるというか、巻き込まれるというか、とにかくわけのわからない、どろどろした、すき焼きの最後の煮詰まった焼き豆腐と糸ごんにゃくというか、濃いー世界である。しかし……しびれるほどかっこいい。
・「天才ローランド・カークの復活」(アトランティック)……病気でぶっ倒れ、カムバックしたのちの演奏だが、結果的に凄い。どの演奏もよいが、中でも、自身がボーカルをとった「グッドバイ・ポークパイ・ハット」は百回聞いても飽きない、おぞましいほどの名演。ぎょええっと叫ぶ、野太いテナーが、スピーカーを突き破るような勢いで迫る。
・「ブラックナス」(アトランティック)……カークは、他のアルバムでもR&Bの素材を取り上げたりしているが、これは、全編R&Bやソウルを演奏したアルバム。もう、聴いていると、あまりのかっこよさ、切なさ、凄まじさにボーゼンとなってしまう。ボーカルをフィーチャーした曲も多い。表題曲は、どろどろした地獄のような真っ黒けの演奏が続いたあと、突然、カークが「ブラック! ブラック! ブラック! ブラック!」と叫びだし、「何か怒らせてしまったのか」とスピーカーの前で思わずおろおろする。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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