カークの音楽は、独自の閉じた世界を作り出すものだという話をしたが、そこに迷い込んだものにとって、カークの音楽は至福の美酒である。しかし、それを遠くから見ているものにとっては、たしかにグロテスクでわけのわからない「変」な音楽であろう。カークは、混沌とした「変な」音楽の海を行く一隻の船の船長である(そういえば、カーク船長というのがいたな)。あなたも一度、カークのアルバムを手にとって、その、えげつなくも楽しい、やかましくもせつない、汚らしくも美しい、恐るべき音楽の海に飛び込んでみませんか。泳げない? そんなん知らん。
最後にローランド・カークのアルバムを三枚ご紹介しておこう。 ・「ヴォランティアド・スレイヴァリー」(アトランティック)……ジャズフェスティバルの実況で、上記に書いた「あらゆる音楽のごった煮」的演奏が楽しめる。楽しめるというか、巻き込まれるというか、とにかくわけのわからない、どろどろした、すき焼きの最後の煮詰まった焼き豆腐と糸ごんにゃくというか、濃いー世界である。しかし……しびれるほどかっこいい。 ・「天才ローランド・カークの復活」(アトランティック)……病気でぶっ倒れ、カムバックしたのちの演奏だが、結果的に凄い。どの演奏もよいが、中でも、自身がボーカルをとった「グッドバイ・ポークパイ・ハット」は百回聞いても飽きない、おぞましいほどの名演。ぎょええっと叫ぶ、野太いテナーが、スピーカーを突き破るような勢いで迫る。 ・「ブラックナス」(アトランティック)……カークは、他のアルバムでもR&Bの素材を取り上げたりしているが、これは、全編R&Bやソウルを演奏したアルバム。もう、聴いていると、あまりのかっこよさ、切なさ、凄まじさにボーゼンとなってしまう。ボーカルをフィーチャーした曲も多い。表題曲は、どろどろした地獄のような真っ黒けの演奏が続いたあと、突然、カークが「ブラック! ブラック! ブラック! ブラック!」と叫びだし、「何か怒らせてしまったのか」とスピーカーの前で思わずおろおろする。