ビッグバンド漫談
バックナンバー
田中啓文のビッグバンド漫談
ラサーン・ローランド・カーク

このサイトに来ているひとたちはそんなことはないだろうが、ジャズというと一般的には、
「ジャズ? 暗いしムズカしいしとっつきにくいしダサいしかっこ悪いし気持ち悪いし邪悪だし面白くなーい」

という意見が大半を占めるであろうことは、SMAPのCDとジャズのCDの売り上げ差をみれば明らかである。ジャズはたしかに暗いしムズカしいしとっつきにくいしダサいしかっこ悪いし気持ち悪いし邪悪だ。それは認める。しかし、世間には、暗くてムズカしくてとっつきにくくてダサくてかっこ悪くて邪悪な音楽を愛好する人も少なからず存在する。そしてそして、ジャズは決して「面白くない」音楽ではない。それどころか、ロックだフォークだクラシックだポップスだといった他ジャンルの音楽に比べても、めちゃくちゃに面白くて笑える信じられないぐらいアホな音楽なのである。

ジャズの世界には、他のジャンルでは「はぶかれてしまう」ような、へんてこでわけのわからないミュージシャンが多数棲息している。圧倒的なテクニックを見せびらかすようなハイテク・ミュージシャンがいる一方で、ドレミファを吹くことすら怪しい、へたくそなミュージシャンもいる。そして、その両方がプロとして同居し、ひょっとするとへたくそなほうが、うまいほうより圧倒的な人気を博したりしているかもしれないのがジャズの世界である。そこに音楽のおもしろさがあり、本質があると私は思うのである。

きれいで、耳障りがよくて、楽しくて、キャッチーで、ノリのいい音楽が好きだという人がいる一方で、汚くて、やかましくて、鬱陶しくて、暑苦しくて、ださくて、下品で、リズムもテーマもない音楽が好きという人もいる。テレビのベストテン番組や有線のヒットチャートでかかっている音楽だけが音楽ではない。世の中には、皆さんの知らない、もっともっともっともっとわけのわからない、へんてこで、熱くて、めちゃめちゃ魅力あふれた音楽があり、それを作り出しているアホで真摯でクレージーなミュージシャンがいっぱいいるのだ。今回から、そういったヤバくて素敵な連中を一人ずつ紹介していくのでよろしく。

一回目は、「グロテスクジャズの魔人」と呼ばれたラサーン・ローランド・カークである。

カークは私が死ぬほど好きな黒人サックス奏者だが、名前を見てもわかるとおり、ただものではない。ジャズマンの凄さ、偉大さを見極める場合、私は「化け物かどうか」という基準を採用している。具体的にいうと、ステージに現れたとき、「うわっ、出たーっ!」という感じを受けるかどうかである。CDでいうと、その人がソロの一音目を吹いた瞬間に、「どわーっ、怨霊退散怨霊退散」という気持ちになるかどうかである。ローランド・カークは、いつも私をそんなパニック状態に陥れてくれる。

カークは盲目である。幼少時に看護婦が誤って薬品を目に垂らしてしまったことが原因といわれている。夜の闇より暗いサングラスをつねにかけており、服装も黒づくめ、共演者に手をひかれてのっそりと舞台中央に登場し、マイクの位置を念入りに確かめてからおもむろにサックスを口にくわえる。ただし、一本ではない。三本のサックスを同時に吹くのだ。ぐわばっ、と、鰐のように、三本のサックスのマウスピースを一度にくわえ、いや、くわえるというより頬張るというほうが正しい。三本のサックスのマウスピースを頬張ると、演奏がはじまる。サックス奏者は、アンブシャーということを常々気にしなければならない。つまり、マウスピースのくわえかたである。下唇はこうやって巻き込み、上の歯はどのぐらいの位置にして、唇のまわりに筋肉はこれぐらいの強さにして……そうやって「アンブシャーを固定する」ことが上達の早道であり、これはとくにクラシックの分野ではうるさくいわれる。しかし、笑ってしまうではないか。このおっさん(カーク)は、三つのマウスピースを一度に口に入れる。サックスのマウスピースというのはけっこうでっかい。一つでも、「お口いっぱい」という感じになる。それを、いきなり三つである。クラブの合宿で「食事時間あと五分」といわれた中学三年生が、残りの肉を全部口に押し込んだ……という状態に近い。アンブシャーの固定もくそもないのである。そして、カークは、三本のサックスでハーモニーを奏でる。しかも、即興的に、である。ジャズというのは即興演奏が主体であるからして、演奏の大半は、事前に何も決まっていないアドリブで行われるわけだが、カークは即興的なメロディーをハモってしまうのである。頭がおかしいとしかいいようがない。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
http://www004.upp.
so-net.ne.jp/fuetako/
PAGE TOP