ビッグバンド漫談
バックナンバー
田中啓文のビッグバンド漫談
ビッグバンドを聴こう7ーフリージャズ・ビッグバンド

十九回にわたって続けてきたこの連載も今回が最後である。とゆーか、あと一回、二十回で終わるとキリがいいのに、なぜに十九回。まあ、ええけど。で、最終回の今回は、フリージャズ系のビッグバンドについて語ろうと思う(全部はとうてい書ききれないので、ざっと俯瞰する程度だが)。

およそフリージャズほどビッグバンドがそぐわない音楽はないわけで、フリージャズというのは既存のジャズの約束事、テーマ、コード進行、リズムなどに縛られることのない自由な演奏をしたい、といって生まれてきたものなのに、ビッグバンドというのはどうしても人数が多いせいで「譜面」というものが必要となる。しかし、フリージャズには束縛は厳禁である。かといって、十数人のメンバーが全員好き勝手に自由にやったら、それこそむちくちゃになる。そこで、フリージャズのビッグバンドというのは、全員の統制と自由な演奏の兼ね合いをどうするかが重要になってくる。

そもそも、フリージャズにビッグバンドは必要か、という根本的な問題もあるのだが、そのわりにフリー系のひとは大編成のグループを組みたがる。まず、フリージャズ黎明期のジャズ・コンポーザーズ・ギルドによる「ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ」。マイク・マントラーの作編曲・指揮のもと、当時のフリー系のミュージシャンのほとんどが参加しているといっても過言ではない。一瞬のためらいもなく鍵盤を潰す勢いで弾きまくるセシル・テイラーと、そのセシルのピアノをオーケストラ化したようなマントラーのスコアの融合がすばらしい。また、オーケストラをバックに喚き、叫び、悶え、絶叫しまくるファラオ・サンダースのもっとも過激なソロが聴かれ、思わず手に汗握る。今は入手困難のようだが、ジャズ喫茶ででもリクエストして聴いてほしい(ただし、居合わせた客のほとんどが帰ることはうけあいである)。

フリージャズ初期の大編成バンドとしては、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハの「グローブ・ユニティ・オーケストラ」。これまた当時のヨーロッパのフリー系ミュージシャンがずらりと顔をそろえている。このグループの特徴は現代音楽からの影響で、スコアも幾何学模様や矢印などが並んだ独特のものである。デビューアルバムのMPS盤では、ぴりぴりした緊張感をはらんだコレクティヴ・インプロヴィゼイションと、ブロッツマンをはじめその後のヨーロッパフリージャズを担う連中の溌剌としたソロが聴ける。シュリッペンバッハはグローブ・ユニティ解散後、「ベルリン・コンポーザーズ・オーケストラ」を組織した。

これらはいわゆるリハーサルバンドだが、フリージャズ初期からのワーキングバンドとしてのオーケストラには、あの「サン・ラ・アーケストラ」がある。デューク・エリントンと同じく、ジョン・ギルモア、マーシャル・アレン……といった固定メンバーでの演奏を四半世紀にわたって続けたが、これはフリージャズというより、太陽神サン・ラ個人の異常なまでの個性が引っ張っていくバンドであって、スウィングジャズスタイルの曲からシンガーをフィーチュアしたR&Bタイプの曲、薄っぺらい電子音を前に出したテクノ風サウンドまでまさに黒人音楽のごった煮で、そのあたりもエリントンと似ている。

黒人音楽というと、アーチー・シェップも何度も大編成のグループを率いているが、「アッティカ・ブルース・ビッグバンド」はその最高峰だろう。通常のビッグバンドを上回る数のメンバーを従えて堂々のブロウを見せる。シカゴAACM系の「シャドー・ヴィネッツ」も四十人編成と大規模だが、カリンバ(サムピアノ)の無伴奏ソロから一転して全員の悲鳴のようなテュッティになるなどダイナミクスも凄まじく、そのパワーは圧倒的である。「シャドー・ヴィネッツ」でそのカリンバを弾いていたパーカッション奏者のカヒール・エルザバーが昨年リリースしたビッグバンドアルバムも三十九人編成と、とにかく物量勝負であり、ブラックミュージックの体臭がむんむんするような熱い演奏であった。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
http://www004.upp.
so-net.ne.jp/fuetako/
PAGE TOP