ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ビッグバンドを聴こう5ーモダン・ジャズ・ビッグバンド1

では、ガレスピー以外のモダンビッグバンドは嫌いなのか、サドメルはどうなんだ、という質問がくると思うが、ちょっと待て。なんでもかんでも、そういう風にサドメルとかトシタバとかサトエリとか略してしまうのはいかがなものか。ちゃんとサド・ジョーンズ~メル・ルイス・ジャズ・オーケストラと呼んでほしい。何? 長い? そう言われるとたしかに長い。では、サド・ジョーンズ~メル・ルイス・ジャズ・オーケストラに限って、略称を許そう。どうせ略すのだから、サドメルよりもっと短くして、サルでもいいよ。また話がそれたが、モダンジャズ期のビッグバンドはあるジレンマを抱えていたのです。つまり、さっき書いたこととも共通するが、ビバップ特有の、アドリブ重視の考えかたと、メンバーが多いために必要とされるかっちりしたアレンジが相容れないのである。モダンジャズビッグバンドの、すべてではないが、心あるリーダーたちは、この問題をなんとか解消しようと、それぞれのやりかたで努力した。そのひとつが、サドメル楽団のとった、ソロはソロイストが「やめたい」と思うまで、がんがん好きなようにやらせよう、それ以外の部分は凝ったアレンジでかためて対比させよう、という作戦である。サド・ジョーンズがほんとうにそう思ったのかどうかは知らないが、サドメルの楽曲を聴いていると、死ぬまで吹きたおすソロイスト、どこで思いついたのかわからんような複雑怪奇で無意味なサックスソリ、いかにも「モダンでっしゃろ」と言ってるような音の重ねかた、そして、野蛮なリフ……などなど、「好き勝手」な部分と「やたらとわかりにくい」部分が交互にあって、それが一種独特の前衛的な雰囲気を醸しだしているように思う。わけわからんなあ、と言いながら何度も繰り返し聴いていると、最初聴いたときは「まったく意味ないやん」と思っていためちゃめちゃややこしいソリも、だんだんかっこよく聴こえてくるから不思議だ。そうなったときにはすでにサド・ジョーンズの術中にはまってしまっているわけだ。だが、サドメルのようにソロイストに好きなだけ吹かせると、どうしても途中でダレる。これはしかたがないことなのかもしれないが、ちょっとやり過ぎではないのか。名盤の誉れも高い「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」でも、(私にとっては)ダレる場面がけっこうあって、「ライヴ・イン・トーキョー」や「コンサメーション」「セントラル・パーク・ノース」といった有名盤もあまり好みにはあわない。サドメル好きに言わせると、「あれがええねん!あんた、わからんか?」ということになるだろうが、私が心から「好きだっ」といえるサドメルのアルバムは結局デビューアルバムの「プレゼンティング」ということになろうか。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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