ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
「緊急災害時にいかに対処するべきか」

5.ソロをしようとしたら音が出なかった場合

そんなことってあるのか? あるんです。昔、私が所属していたバンドのサックス奏者がマイクのまえに進み出て、満を持して裂帛の気合いとともに一音目を吹こうとすると音が出ない。どないなっとんねん、とそいつは必死になって音が出ない原因を探ろうとしたがわからない。結局、最後まで音が出ず、サックス席に戻ってきて、よく調べてみると、清掃用のスワプを入れたままだった、という嘘のような本当の話。ウォーミングアップのときに気づくやろ、普通。そういうときにどうするか、というと、私ならしばらく吹いて、マウスピースを口からはなし、怪訝そうな顔をしてマイクを調べるふりをして、そのあと何度もちょっと吹いてはマイクをこんこんと叩いたり……つまり、マイクの不良で音が出ていない、という演技をするのです。これが一番。

 

6.譜面を忘れた場合

これ、よくある。ライヴのたびにひとりは必ず「すんません、譜面の予備、ありませんか」ときいてくる。しかたないので、かならず譜面は二部準備しておいて、そういうときのために備えるのだが、問題は、演奏中に、つぎの曲をやろうとして、はっとそれがないことに気づく、というやつである。実際、私は演奏中に、後ろの席のトロンボーン奏者から、つぎの曲の譜面ある? と言われたことがあるが、ちゃんと持っていたのでことなきをえた。しかし、そういう予備がない場合はどうするか。しかたありませんね、教科書を忘れた小学生のように「隣の人に見せてもらいなさい!」と叱られるしかない。もちろん、サードがふたりになったりして、アンサンブルがおかしくなるのは我慢するしかないでしょう。

 

7.コーラス数をまちがえた場合

これもよくある。ソリストが乗りまくってしまい(あるいはボーッとしていて)、つい3コーラスのところを4コーラス目まで行ってしまったとき、コンマスは落ち着いて、全員に「もう1コーラスね」という指示をだせばよい。問題は逆に、4コーラスのところを3コーラスで終わりと勘違いして座ってしまったときであるが、まあ、笑って1コーラス待つしかないでしょうね。

 

ほかにもさまざまな苦難が降りかかってくる場合があるが、その場その場の場当たり的な判断で乗り切るしかないのである。ビッグバンド演奏は常に突発事故との戦いであることを胆に命じて、みながんばるように!

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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