ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
コンサートをどうやるか

せっかくビッグバンドを組んだのだから、人前で演奏したい、と思うのは人情である。しかし、これがなかなかむずかしい。トリオとかクインテットぐらいの小編成のバンドなら、演奏させてくれる場所はいくらでもある。はっきり言って、路上でもできる。ジャズの場合、PAがあまりいらないので、楽なのである。ロックバンドだと、ちょっとした店に出るにも、デモテープの審査があったり、チケットノルマや動員のノルマがあったり、わけのわからないよそのバンドと対バンさせられたり、と乗り越えるハードルはたくさんある。チケットを全部売ればいくぶんかは黒字になるのだが、アマチュアバンドだとそうもいかず、
「なあ、こんどライブするねんけど、チケット買うてくれへんか。あ、半額でええわ。あかんの? ほな、七割引で・・・あかんの? ほな、タダであげるから来てえな。あかんの?」

みたいなことになり、その分はメンバーが自分たちでかぶらねばならないが、ジャズ喫茶や小さなジャズ系のライブハウスなんかだと、たいがいチャージバックでOKなのである。これはむちゃくちゃ楽なシステムであって、客から徴収する「チャージ」のうちの一部分を店に入れれば、あとは全部ミュージシャン側がもらえる。たとえ客が三人でも、三人分のチャージはもらえるわけだから、ミュージシャン側としてはぜったいに赤字にならないのだ。貧乏なアマチュアバンドにとっては、たいへん助かる方式である(もちろん客が三人だと、「電気代にもならへんわ」などと店のマスターにかなり嫌みを言われるだろうが、それぐらいは我慢せねば)。しかし、ビッグバンドとなるとそうはいかない。まず、二十人前後が入れるハコ(店)が必要である。普通のジャズ喫茶だと、「キャパが二十人」などという店もあり、そういうのは論外であるが、たとえば「二十人のバンドを収容すると、客は詰め込んでも十人」というような店の場合、果たしてこれがライブといえるのか、という問題になる。どう考えても舞台上の人数のほうが客より多いのである。できればフィフティフィフティ以上、せめて五十人ぐらいは客が入るような場所を確保したいものである。一度、神戸のビッグアップルという店でビッグバンドのライブをしたとき、客席が酸欠になり、一人ぶっ倒れたことがある。さいわい、うちのバンマスのアルト吹きは医者なので、すぐに適切な応急措置を行ってことなきを得た。

客席も広いほうがいいが、ステージもできればゆとりがあるほうがいい。あまりに狭いとステージにミュージシャンがぎゅうぎゅうになり、トランペットとトロンボーンは立ったまま、ひどいときにはサックスも立ったまま、座っているのはドラムとピアノだけ・・・ということにもなりかねない。譜面台を置く場所がないので、トランペットセクションはトロンボーンのやつの背中に譜面を貼りつけて演奏した、という嘘のような本当の話もある。ワンステージ目が終わっても、演奏者が客席を通って外に出られず、休憩のあいだもずっとステージで立っていた、という笑えない話も聞いた。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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