KOBEjazz.jp

ジャズを愛するすべての人へ。こだわりのジャズ情報をデンソーテンがお届けします。

ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.141
渋谷SWING

名店の名とともにジャズの魅力を引き継ぐ
@東京・渋谷

「奥渋」ってコトバ、ご存じかな?「奥渋(奥渋谷)」とはJR渋谷駅から東急本店を過ぎ、NHK周辺に広がる神山町・宇田川町・富ヶ谷エリアのことをいうらしい。近年カフェやギャラリー、雑貨店などが建ち並び、オトナも楽しめるオシャレで静かなたたずまいが人気なのだとか。まさにその通り沿いの、シックなレンガのビルの一角に『渋谷SWING』は位置する。
内廊下を抜け、エレベータで4階に到着し、2重ドアをおそるおそる開けると……。あ〜、これはステキ。昔のジャズ喫茶の雰囲気をモダンなセンスでブラッシュアップした感じ、と言ったらいいのかな。ロゴと同色のモスグリーンの壁、シンプルな革張りの椅子。おびただしい数のレコードに寄り添う硬質かつ美しいヴィンテージ家具のようなオーディオ類。
「ボクは気恥ずかしくて奥渋、なんていっさい言いませんけどね」と笑うのはオーナーの鈴木 興(こう)さん。レオナルド・ディカプリオ似の風貌がこれまたこの空間にハマるなぁ。鈴木さんは現役で活動を続けるトロンボーン奏者。ラジオから流れるカウント・ベイシーの音楽に惹かれ、お小遣いを握りしめてレコード店に足を運んだのはなんと9歳の時、というから驚きだ。
「通っていた小学校がマーチングに力を入れていて、ほぼ同時期に演奏も始めていました。最初はトランペットだったのですが、ほどなくトロンボーンに転向。ハリー・ジェームス楽団の演奏に出てくるトロンボーンのソロを聴き、“脇役っぽいけどなんだかかっこいい”と。人と違うことをやりたい、という気持ちもあったんでしょうね。それから油井正一先生の本とか読むようになり…」。
ええ〜っ、ちょっと待った!そんなコドモ、早熟通り越していくらなんでもシブすぎでしょう。

鈴木さんはその後、中学校では吹奏楽部、高校時代はレコードを買い集めたりジャズ喫茶を巡ったりと「聴く方」に専念。大学時代にはバイトで貯めたお金で楽器を購入してトロンボーンを再開、という道をたどる。
「’90年当初、僕が通った代々木公園は管楽器をやる人の溜まり場でした。大学ではジャズを介した出会いに恵まれなかったこともあり、ひとりで練習していたところ、バンドをやらないかと声をかけられました。ロックにはあまり関心がなかったのですが、さすがにひとりで演奏することに飽きていて」。
このバンドはその後メジャーデビューが決まった。就活の時期と重なったが、鈴木さんは迷うことなくプロの世界へ。解散後に新たに立ち上げたバンドが今年1月まで在籍した『Bloodest Saxphone』だ。そして活動のかたわら『渋谷SWING』をオープンさせたのは4年前。
「若い頃からバイトも遊びもいつも渋谷。自分でお店をやるなら渋谷、そして名前は『SWING』しかないな、と」
『SWING』とは’97年に閉店するまで渋谷・宇田川町にあった名店。数あるジャズ喫茶のなかでも特に好きでよく通った店だ。開店するにあたり亡くなったオーナーの家族を訪ね、名前の継承に快諾をもらった。そしてコーヒーは鈴木さんお気に入りの神田の老舗『エース』。そのノウハウはご主人じきじきに伝授され、看板メニュー・のりトーストまで引き継ぐことに。

それにしても時代を超えて、ジャズ喫茶はどうしてこんなに人を惹きつけるのだろう。ジャズ喫茶っていったいなんでしょう、と鈴木さんにたずねてみた。
「そうですねぇ。自分の好きな音楽をみつける場所、かな。日本のジャズ喫茶は’70年前後、左翼やアナーキーな思想を持った人たちにも好まれ、その影響もあってか、観念的あるいはアカデミックに語られることが多かった。’80年代末ごろ、ホーンセクションを導入したジャズ以外のバンドも登場し始め、別な視点からジャズに関心をもつ人たちが出てきました。そのおかげで『ジャズは発展しなければならない』とか『本質を把握しなくては』といった脅迫観念から開放され、古いとか新しいとか関係なく“平等”になった。やっと自分の気に入った音楽を自由に楽しめる環境になったのでは」。
鈴木さんは店名のとおり古いスウィング時代のジャズが好きだという。音楽はもちろん、個性的でファッショナブルなジャズメンの世界観に共感するそうだ。
「でなければ小学生の耳には留まらなかったでしょう。ジャズ喫茶を名乗る店の中で、ウチはブルーノートの枚数はいちばん少ないかも(笑)。でも’20年代から幅広くしっかり鑑賞できますよ。入り口の看板にもあるようにムード・ミュージックも好きなんです」。
かけてくれたのはジャッキー・グリースン・オーケストラ。ロマンチックな空気が身体全体を包み込むような心地よさ。
カウンター後ろの窓に、夕暮れ迫る渋谷の街灯りがちらちらと映し出されていた。この風景をこうしてずっと見ていたい。そんな気持ちで胸がキュンとなった。